1945年8月1日午後10時半、長岡市上空に米軍のB29爆撃機が飛来し焼夷(しょうい)弾の投下が始まった。爆撃は翌2日午前0時10分まで続き、16万発以上の焼夷弾が降り注いで市街地は火の海と化した。犠牲者は7月の模擬原爆と合わせ、判明しているだけで1489人。長岡空襲から80年となった1日、市内各地では慰霊の式典や行事が催されている。
柿川の灯籠流し、2000個の灯り…犠牲者の冥福祈る
長岡市の市街地を流れる柿川では夕方、灯籠流しが行われた。集まった市民らは約2000個の灯籠で照らされた川面を見つめ、犠牲者の冥福を祈った。
長岡空襲で多くの人が逃げ命を落とした柿川で、犠牲者を悼み平和を願う灯籠を流す人たち
柿川は、火から逃れようと多くの人が飛び込み、命を落としたとされる。会場の一之橋から追廻橋間に市民らが集まり、犠牲者を弔ったり...
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