広島原爆によって傷ついた「被爆ピアノ」を使ったコンサートが先ごろ新潟市西蒲区にあるお寺の本堂で開かれた。愛好家10人ほどが鍵盤に向かった
▼ピアノは爆心地から3キロの民家にあった。爆風で飛んできた物がぶつかった痕は、黒い塗料がはげ、木目が見えた。1938年製なので、人間なら今年87歳か。猛暑の中、トラックに揺られ、全国を回っているという
▼バッハやチャイコフスキー、ラフマニノフといったクラシックの名曲が次々に奏でられ、暑さを忘れて聞きほれた。その音色は、古傷を抱えた老歌手が力を振り絞って舞台に立つ姿を想像させた
▼ハイライトは67歳のご住職が3カ月特訓された「戦争を知らない子供たち」だったように思う。袈裟(けさ)姿で一音一音を大切に、鍵盤を押されていた。そのメロディーに、檀家(だんか)さんらのコーラスが寄り添った
▼この曲が作られたのは1970年で、作詞した北山修さんは46年生まれの戦後世代である。戦争を経験した世代からは「俺たちの苦しみを何だと思っているんだ」と批判されたが、男性2人組のジローズが歌って大ヒットした
▼「私の子供もこの言葉を使い、またその子供たちも大きな声で『ボクは〈戦争を知らない子供たち〉です』と言ってくれればなあと夢みています」。北山さんは著書につづった。戦後80年、夢は現実となっている。これからも夢が壊れないように。そして、日本だけではなく、どの国の子供たちもこの歌を歌えるように。そう願わずにはいられない。