佐伯啓思氏
 佐伯啓思氏

 人間の感情には喜怒哀楽がある。感情の強度でいえば、怒と喜であろうが、持続する深さでいえば、哀と楽といえよう。私には、とりわけ「哀」が、人間感情の基調をなしているように思われ、「哀」への傾斜はとりわけ日本人に顕著なのではないか、とも思う。それは、おそらく私が育ってきた時代と無関係ではなかろう。

 今年は戦後80年で、終戦後いくばくもせず生まれた人の人生と重なっている。最初のおおよそ20年は、いわば青年へ向かう時期であり、その次の20年は成年へ向かい、次の20年は熟年へと向かい、最後の20年は老年へと向かう。そして、また前半の四十数年は戦後の昭和であり、後半は昭和以後の戦後である。何やら、一人の人...

残り1439文字(全文:1739文字)