
前アジア開発銀行総裁の浅川雅嗣氏
1985年9月22日、日米欧の先進5カ国(G5)の財務相と中央銀行総裁がドル高是正に向け協調介入を実施し、他の通貨に対しドルをある程度下落させることにしたのがプラザ合意だ。あれから40年がたつのを機に合意の背景や影響、教訓について考えてみたい。
ニクソン米大統領が71年8月にドルと金の交換停止を突如発表し、ドルの価値を金で保証して他の通貨とドルの交換レートを固定する「ブレトンウッズ体制」は崩壊した。だがドルを基軸とする通貨体制は存続した。
80年代前半、米国はインフレ抑制のための高金利政策に伴うドル高と、レーガン政権の軍事費増大や減税を柱とした財政拡大策によって、貿易赤字と財政赤字の「双子の...
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