侍とはなにかということを考えてみたかった。それを考えることが目的で書いた-。作家の司馬遼太郎は「峠」を書いた理由をこう記した

▼北越戊辰戦争で長岡藩を率いた河井継之助の生涯を描いた名著。司馬によれば、幕末の侍には戦国時代のような「私的な野望」が少なく、常に「人はどう行動すれば美しいか」を考えた。藩や幕府のため義を貫いて散った河井は、美しく生きた侍の典型だというのだ

▼一方で河井は、侍の時代は終わると的確に見通していた。柔軟で進歩的な考え方で藩政改革を断行した。強化した軍事力を背景に「武装中立」による戦争回避を目指したがかなわず、激戦の末に新政府軍に敗れる

▼映画「峠 最後のサムライ」が公開された。河井を演じるのは役所広司さん。他にも仲代達矢さん、松たか子さん、榎木孝明さんら豪華キャストが、小泉堯史(たかし)監督の下に集まった。県内各地で撮影され、県民もエキストラ出演している

▼戦禍を招いたとして河井を恨む人が地元では多くいた。ただ、今は全国にファンがいる。テレビで活躍する予備校講師の林修さんもその一人。長岡市での講演では「手の打ちようがない状況で、努力で動かせる部分はとことんやったところが河井の一番の魅力だ」と語った

▼河井が亡くなって150年、司馬が峠を著して50年以上がたった。経済至上の格差社会の中で、強い者にこびへつらい、信念を簡単に曲げてしまうような人間が増えていないか。美しいサムライの心を忘れたくない。

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