今年が生誕140周年となった上越市出身の児童文学作家・小川未明の代表作の一つ「野ばら」は、大きな国と、隣り合う少し小さな国が戦争をする話である。ロシアのウクライナ侵攻を想起させる

▼大きな国の老兵と小さな国の青年兵は、国境を定めた石碑をそれぞれ守っている。そこには1株の野ばらが茂っていた。平和な日々が続き、2人は将棋を指すほど仲良しになる。ところが二つの国は戦争を始めてしまう

▼2人の兵士の運命や、野ばらが最後にどうなるのか-。未明を研究する小埜裕二・上越教育大教授は「権力や暴力を前に美や愛は存在しない」と作品に込められたメッセージを読み解く。結末を知りたい人は、ぜひ作品を手に取ってもらいたい

▼野ばらの発表は1920(大正9)年。欧州が戦場となった第1次世界大戦や、スペイン風邪の大流行で多くの死者が出た後だった。未明も長男と長女を幼い時期に病気で亡くし、自身もスペイン風邪で一時重体に陥った

▼上越市にある小川未明文学館には、未明のこんな詩が掲示されている。〈見よ、遠くの方は風があると見えて、木が頻(しき)りに動いているではないか〉

▼ウクライナ侵攻から4カ月がたち、戦火は長期化の様相を濃くしている。新型ウイルスは国内では感染者数の減少傾向が続く。私たちはともすれば、海の向こうで多くの人がまだ苦しんでいることを忘れそうになっていないか。未明の詩は身の回りだけでなく、常に世界に目を向けることを求めているようだ。

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