起きた不具合だけが問題なのではない。トラブルとの向き合い方が不安視されているのだ。原発を起動させるのに十分な安全対策が整っているのか、納得のいく説明が求められる。

 東京電力は9日、再稼働直後のトラブルで運転停止していた柏崎刈羽原発6号機を再び起動させた。営業運転の開始は予定の2月26日から3月18日に延期する。

 6号機は1月21日に約14年ぶりに稼働したが、約5時間半後に、燃料の核分裂反応を抑える制御棒に関する警報が作動した。

 部品を交換しても事態が解消できなかったため、運転を停止し原因を調べていた。

 東電によると、故障を感知する警報が必要以上に高い感度で作動するように設定されていた。これを受け、この警報が鳴らないように設定し直した。東電は「(安全上)不要な機能で、除外しても問題ない」と説明した。

 異常を検知するための機能をなぜ切ってしまうのか。「不要」「問題ない」との説明だけでは、うなずけるものではない。

 屋上屋を架すような、必要のない策を重ねているのであれば、それこそ問題である。

 東電は、事故防止策を積み重ねる「多重化・多様化」を安全確保の基本に据え、それを安心材料として社会に訴えてきた。今回除外した警報システムもその一つだったのではないか。

 福島第1原発の過酷事故を起こした反省から導き出した安全確保の基本を東電はいま一度、顧みるべきである。

 高い感度で作動するように設定されたのは2023年の関連部品交換時とみられる。

 原子力規制委員会の委員からは「機器更新時のチェックは慎重に行わないといけない。確認に甘さがあったのではないか」と指摘された。東電は、重く受け止めてもらいたい。

 制御棒の警報システムでは別の設定ミスもあり、予定した再稼働を1日延期した経緯がある。運転開始以来30年もの間、見逃されていたミスだった。

 再稼働後の今回のトラブルでは当初、部品の故障とみて調べていたが違った。

 原発を管理する能力があるのか、他に致命的な不具合が隠れていないのか、不安を抱く県民がいて当然だろう。

 なぜこうしたミスや不具合が続発してしまうのか、根本を突き止めることが肝心である。問われているのは組織の体質だ。

 厳しい経営が続く東電ホールディングスは1月に発表した再建計画に柏崎刈羽6、7号機の再稼働を盛り込んだ。1基で年約1千億円の業績改善効果があるとする。

 利益を追求するあまり安全を犠牲にしていないか。疑念を持たれない真摯(しんし)な姿勢が求められる。