頭髪も装束も含め全身が赤といういでたちのシテが舞台で悠々と舞う。笛や鼓の音がゆったりと流れて身にしみてくる。この冬、能の「猩々(しょうじょう)」を鑑賞する機会があり、めでたい心持ちになった
▼中国にある揚子(ようず)の里で酒を商う高風(こうふう)という親孝行の男が、ふだんは海の中にすむ妖精の猩々と出会う筋書き。2人は川のほとりで酒を酌み交わす。杯が進むと、猩々は舞い踊り、最後に酌んでも尽きない酒つぼを高風に渡して、消えていく
▼酒好きにはたまらない、こんなつぼがあればぜひ一つ求めたいほど。そんな夢想が浮かんだのは、ずっと衆院選のニュースに接してきたからか。消費税減税の裏付けとして酌めども尽きぬ財源があるかのような主張が目立っていた
▼民間の調査会社によると、食品の値上げ品数は昨年の10月以降は一服感が見られる。とはいえ、これまで軒並み上がった値段が下がったわけではない。スーパーで品定めをしていても、物価が高いとの実感は変わらない
▼消費税がかからないことに越したことはない。ただ代わりのしっかりした財源がないとすれば「朝三暮四」の故事のように、単に目先の恩恵に惑わされているに過ぎない
▼超短期決戦だった衆院選では消費税の在り方に限らず、議論を深める難しさを感じた。明日から国会が始まり、今度はじっくりと話し合える。大勝した与党を中心に、選挙で寄せられた負託にどう応えていくかが問われる。無理なく酌める酒つぼの在りかはどこか。地に足の着いた熟議を。
