茨木のり子さんの「時代遅れ」という詩は、こんなふうに始まる。「車がない/ワープロがない/ビデオデッキがない/ファックスがない/パソコン インターネット 見たこともない/けれど格別支障もない」

▼この詩を収めた詩集「倚(よ)りかからず」が出版されたのは1999年。どれも相当普及していたはずだが、全く無縁だった。原稿は4Bか6Bの鉛筆で書き、連絡は固定電話か速達郵便だった、という(「清冽(せいれつ)」後藤正治)

▼詩の続きを読むと耳が痛い。「そんなに情報集めてどうするの/そんなに急いで何をするの/頭はからっぽのまま」。詩人は鋭く、厳しく問いかけた。詩集は現代詩としては異例のベストセラーになった。日々の暮らしを振り返り、生き方を見直した読者もいただろう

▼詩集の出版から四半世紀余りがたった。身の回りからワープロはすっかり姿を消し、ファックスはめっきり出番が減った。代わりに多くの機能を備えたスマートフォンが勢力範囲を広げた。高性能を売りに新製品が次から次へと店頭に並べられる

▼「すぐに古びるがらくたは/我が山門に入(い)るを許さず/(山門だって 木戸しかないのに)」と詩は続く。茨木さんは2006年に79歳で亡くなった。きょう6月12日は100回目の誕生日である

▼もしも健在だったら、相変わらず濃い鉛筆を握り、受話器を耳に当てていたに違いない。SNS全盛、AIブームに沸く世の中を前に、いったいどんな詩を書いただろう。ぜひ読んでみたかった。