石に刻まれた1300年前の文字を見ようと、お隣の群馬県に足を運んだ。726年に建てられた高崎市の金井沢碑は、覆屋の中で大切に保存されていた。ガラス越しにしか見られず、風化して読みにくい文字もある。おまけに漢字ばかりで何を書いているのか、さっぱり分からない
▼市のパンフレットには、祖先の供養や一族の繁栄への願いが刻まれているとあった。高崎市にはさらに古く681年造立で、完全な形で残る日本最古の石碑とされる山上(やまのうえ)碑と、711年ころの多(た)胡(ご)碑があり、この3基を「上野三(こうずけさん)碑(ぴ)」と呼ぶ
▼多胡碑は多胡郡設置を記す。701年の大宝律令で定められた国郡里制が、地方でも施行されていたことを証明する貴重な史料だ。時の権力者、藤原不比等を指す文字も見え、目を引いた
▼上野三碑がユネスコの「世界の記憶」に登録されたのもうなずける。雨風にさらされぬよう守られているのは当然だ。しかし立派な覆屋ができたのは現代のこと。厳しい自然の中でもよく残り、古代の一端を教えてくれたと感謝するしかない
▼字を彫った人は間違わないよう、慎重に彫り進めたのだろう。そう思い自身を省みると、きちんと字を書く機会がめっきり減った。役所などで届け出に必要な住所と名前を書くぐらいだ。たまに文章をしたためれば、失念してしまった漢字もある
▼このままでは、手で文字を書くという行為そのものが、記憶の中だけのものとなりそうだ。案じながらも、この原稿もパソコンで打っている。
