シベリア抑留で亡くなった約4万6千人の名前を数日間かけ読み上げる追悼の催しが毎年、都内の会場で開かれる。糸魚川市出身の故村山常雄さんが作り上げた名簿を活用する。「死者は固有の名を呼んで弔われるべき」という遺志を継ぐ行事でもある
▼主催者の招きで1人のウクライナ人留学生が参加したのは2024年8月だった。22年2月からのロシアによる軍事侵攻でいとこの夫が戦死した。留学生は抑留の死者に加え、この戦死者の名を会場で読み、涙した。弔いの気持ちに国境はないのだと見ているこちらも心動かされた
▼侵攻からあすで丸4年。閉幕したミラノ・コルティナ冬季五輪にも終わらぬ戦争が影を落とした。そり競技スケルトン男子のウクライナ代表選手が練習で着用したのは「追悼ヘルメット」。侵攻で犠牲になったアスリートの写真があしらわれていた
▼「犠牲者を記憶にとどめたい」。選手は、追悼の思いだと繰り返し主張したものの、政治的中立を掲げる国際オリンピック委員会(IOC)は本番への出場を認めず、失格処分となった
▼4年に及ぶ戦争で660人のウクライナ選手、コーチがロシアの攻撃で命を落としたという。代表の座を勝ち取れば雪上や氷上でどんな競技をしたか。取り戻せない時間が悲しい
▼輝いた努力の結晶、歓喜の抱擁、支えてくれた人への感謝の言葉とともに頰を伝う涙。4年に1度巡ってくる冬の祭典はやはりまぶしかったからこそ、望みが絶たれた人々にも思いをはせたい。
