シェークスピアの喜劇「から騒ぎ」は嘘(うそ)や誤解が物語の核心だ。青年貴族のクローディオは反感を持つ男の謀略により、相思相愛の恋人が別の男と密会していると思わせられ、結婚式で彼女を「不貞」とののしる

▼恋人は気絶し、死んだと公表される。幸い脇役たちの活躍で謀略は暴かれ、物語はハッピーエンドを迎える

▼「逃亡者」「ミッション・インポッシブル」などぬれぎぬを着せられた主人公が無実を証明する映画は数多く作られ、人気を集めてきた。警官が悪に手を染めているのもよくあるパターン。自ら真犯人を見つける展開に、観客は手に汗握り、快哉(かいさい)を叫んできた

▼選挙などで問題になる人工知能(AI)を使って作られる偽動画「ディープフェイク」は急速に生成技術が向上している。既に文章や音声、静止画は人間が作ったものと区別がつかないケースもある。動画も今後数年で専門家でも判断が難しいレベルになると言われている

▼偽動画は裁判にも大きな影響を与える可能性がある。監視カメラやドライブレコーダーの映像は強力な証拠として認定されてきたが、ねつ造や改ざんの可能性を頭に置かねばならない。真贋(しんがん)を判断するため詳細な鑑定が必要になり、裁判は長期化、えん罪の危険性も高まる

▼映画では窮地に立つ主人公が真犯人の自白を録音・録画し、立場を逆転させる結末がよくあったが、そう簡単にはいかなくなりそうだ。技術の高度化で何が真実か分かりづらくなるとしたら、何とも皮肉で逆説的だ。