国語学者の金田一春彦さんは、受験シーズンになると自宅のある物をよく盗まれた。たびたび被害に遭うので、セメントでブロックの門に埋め込むほどだった
▼ある物とは表札である。表札を持っていると志望校に合格する-。昭和の世、そんなはた迷惑な迷信が一部で信じられていた。一説には、4軒の表札を取ると、しけんとる→しけんとおる→試験通るとの語呂合わせが由来だとか
▼被害者には作家の井上ひさしさんや大学教授も名を連ねた。民俗学者の高桑守史さんは、功を成した人の物を身に付けてその人にあやかる心情、と分析している。切羽詰まった受験生が著名人らの表札を失敬して験を担いだのだろう
▼不適切にも程がある行いだが、当時は盗まれた側もおおらかだった。井上さんは表札の跡に貼られていた犯人?からの手紙を読んでその「律義さ」に感服し「表札泥棒氏に合格の栄冠を」と祈った
▼大学入試がピークを迎え本県の公立高校の一般入試も目前に迫る。先日訪れた図書館は、追い込みの中高生で席が埋まっていた。机に向かう4人組のかばんにはどれも合格祈願のお守りが下がっていた。心の中でエールを送る
▼表札泥棒の話はすっかり聞かなくなったが、入試や検定試験の不正は後を絶たない。わらにもすがる思いがあるにせよ、ルール違反を正当化する理由にはならない。よこしまな考えを巡らす暇があれば、これまでのおさらいをしっかりと。人事を尽くして天命を待つの心持ちで本番に臨んでほしい。
