ウイルス禍で一つだけいいことがあったとすると、派手な葬式をやらなくなったこと。昨年1月に亡くなった旧制長岡中学出身の作家、半藤一利さんの言葉だ

▼「私が死んだときも大げさなことは一切しないでください」。末利子夫人にこう言い含めていたそうだ。だが、その遺志に従わない人たちがいた。逝去から1年半がたった今月、本人を慕っていたメディア関係者らが東京で「思い出を語り合う会」を開いた

▼「天国の半藤さんにしかられそうだ」と軽口を交わしながら昭和史の語り部をしのんだ。印象的だったのは、多くの人が本県との縁を語ったことだ。女優の竹下景子さんは出版社の企画で半藤さんと長岡を旅したことを振り返った。「おいしい地酒を飲みながら中学の思い出を話していた姿が忘れられない」

▼「長岡がお好きでしたよね」と遺影に目をやったのはジャーナリストの池上彰さん。多士済々の参列者と言葉を交わして、故人の長岡への深い愛着を改めて感じた。一方で花火大会には来ようとしなかったことを思い起こした

▼「どうしたって焼夷(しょうい)弾を思い出しちまうから」。太平洋戦争の東京大空襲で死線をくぐり抜け、長岡空襲も目撃した半藤さんから度々聞いた。最晩年まで癒えなかった心の傷。戦争の罪深さを痛感した

▼8月に長岡花火が3年ぶりに復活する。慰霊と復興祈願の大輪に、今年は特に平和の祈りを託したい。ウクライナや世界中の誰もが、空襲の恐怖におびえずに夜空を見上げられますように。

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