
有園義肢の車いすを利用している胎児性水俣病患者の松永幸一郎さん。国保水俣市立総合医療センター(後方)でリハビリを続けている=2月、熊本県水俣市
水俣病の被害で手足が不自由な患者らに寄り添い、リハビリや日々の暮らしで使う装具や車いすの製造を手がける会社が熊本県にある。1956年に水俣病が公式確認されてから5月1日で70年。同県水俣市内の病院と60年代から連携し、「自立を支え、世界を開きたい」との思いから工夫を重ね、患者や家族たちの背中を押してきた。
「水俣に歩けない人がたくさんいる」。同県八代市の義肢装具会社「有園義肢」を率いる有薗信夫さん(83)は、熊本市の同業他社に勤めていた60年代、当時原因が分からず「奇病」とされた水俣病の症状について上司から聞かされた。
戦争や労災で四肢に障害を負う人が多かった時代。装具の需要は高く、69年に...
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