チョルノービリ原発事故で犠牲となったブラジニクさんの遺影に花を手向けるゲオルギー・チトフさん=3月、ウクライナ・スラブチチ(共同)
 チョルノービリ原発事故で犠牲となったブラジニクさんの遺影に花を手向けるゲオルギー・チトフさん=3月、ウクライナ・スラブチチ(共同)
 チョルノービリ原発事故で犠牲となった作業員の追悼碑を訪れたニコライ・ソロビヨフさん(中央)とゲオルギー・チトフさん(左)ら=3月、ウクライナ・スラブチチ(共同)
 チョルノービリ原発事故で犠牲となった親友ブラジニクさんの写真を見るゲオルギー・チトフさん=3月、ウクライナ・スラブチチ(共同)
 チョルノービリ原発事故の経験を語るニコライ・ソロビヨフさん(中央)とゲオルギー・チトフさん(右)=3月、ウクライナ・スラブチチ(共同)
 チョルノービリ原発の元作業員、ゲオルギー・チトフさん(右)と妻=3月、ウクライナ・スラブチチ(共同)
 チョルノービリ原発の作業員だった当時の写真を示すニコライ・ソロビヨフさん=3月、ウクライナ・スラブチチ(共同)
 爆発したチョルノービリ原発4号機=3月、ウクライナ・チョルノービリ(共同)
 チョルノービリ原発の作業員が住んでいた集合住宅=3月、ウクライナ・プリピャチ(共同)
 ウクライナ、チョルノービリ原発、スラブチチ、キーウ

 史上最悪の原子力災害とされる旧ソ連(現ウクライナ)のチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故から26日で40年。あの日、共に仕事をした同僚を亡くし、自らも放射線を浴びながら生き残った2人の元作業員は、事故を「戦争」と表現した。作業員らが命をかけて事故処理に臨んだ原発は今、ロシアによる攻撃にさらされている。

 1986年4月26日未明、ニコライ・ソロビヨフさん(67)はタービン建屋で夜勤中だった。揺れに気づき、周囲を見渡せる位置まで上がると、屋根が吹き飛び、円筒形の閃光と、黒い粉じんを噴き上げる4号機の原子炉建屋が目に入った。

 持ち場に戻る際、4号機にいた同僚ビャチェスラフ・ブラジニクさん=当時...

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