学生時代も社会人になっても、自転車は暮らしに欠かせない乗り物だった。移動の自由をもたらしてくれた。だが今や、できれば乗りたくないのが本心だ。自転車の交通違反に対する青切符制度が導入され、半月が過ぎた

▼取り締まりを恐れるわけではない。交通ルールは守らねばならない。ただ、原則と現実との間にあるモヤモヤが晴れず、ストレスになるのだ。青切符導入がそれをより顕在化させた

▼自転車は車道通行が原則だが、心穏やかに走れる環境が整っていない。青い矢羽根が表示される自転車通行帯も、狭い車道に無理やり設定した場所は冗談にしか思えない。進路を遮る駐停車も多い。絵に描いた餅を思い浮かべる

▼警察は軽微な違反は指導警告にとどめるそうだが、いい年をして警告を受けるだけでも無念である。ルールの適用は道路状況などで変わるとされても、適否の判断が面倒で堂々と乗ってはいられない

▼スマホを見ながらの危険運転などは許されない。事故を減らすための対策強化には賛同する。同時に、自転車で快適に走行できる環境の整備も切に望む。矛盾を抱えた過渡期の対応だと、警察庁も承知しているはずだ

▼社会の縮小で暮らしは変わりゆく。いっそ日常生活圏では専用道を大胆に拡充するなど、自転車利用へ誘導するまちづくりにかじを切れないものか。折しもイラン情勢でガソリン供給の心細さがあらわになった。バス路線を維持する難しさもある。雪国の制約を踏まえつつ思いを巡らせてみる。