師弟対談する安彦良和さん(左)と板野一郎さん=長岡市

 「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザインを手がけ、アニメーション監督や漫画家としても活躍する安彦良和さん(78)の足跡をたどる企画展「描く人、安彦良和」が、長岡市の県立近代美術館で開催されています。関連企画として4月18日に、安彦さんと「弟子」でアニメーターの板野一郎さん(67)によるトークショーが行われました。2人が初代ガンダムの制作秘話を語り合ったイベントの模様を、抜粋してお伝えします。

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 1979年放送のガンダムの制作現場で、安彦さんと板野さんは過酷な日々を共に過ごしました。当時、安彦さんはキャラクターデザインとアニメーションディレクターを兼任し、20歳の板野さんは原画マンとして制作に参加。2015年(~18年)公開の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」でも一緒に作品を手がけました。そんな2人の対談は、約10年ぶりです。

 司会を務めたのは、官民でつくる「新潟アニメ推進協議会」の座長で安彦さんの作品の大ファンだという新潟大の石田美紀教授。初代ガンダムの原画を集めた特別映像を上映した後、ガンダムに関する造詣が深い石田教授が「あのシーンやこのシーン」について尋ねる形で、トークが進んでいきました。

やすひこ・よしかず 1947年生まれ、「機動戦士ガンダム」でキャラクターデザイン、アニメーションディレクターを担当。83年に「クラッシャージョウ」で劇場版アニメ初監督。89年以降は漫画に専念し、「虹色のトロツキー」「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」などを発表。「THE ORIGIN」のアニメでは総監督を務めた。
いたの・いちろう 1959年生まれ、「機動戦士ガンダム」「伝説巨神イデオン」で原画、「超時空要塞マクロス」ではメカ作画監督を担当した。無数のミサイルや戦闘機が入り乱れて空中戦を展開する作画は「板野サーカス」と呼ばれ、国内外のアニメ・特撮作品に多大な影響を与えた。

過酷⁉だけど熱かった現場 終電過ぎても師匠の絵を「あさって」勉強

多くのファンが詰めかけた会場=長岡市

(石田教授)
「安彦先生、(制作当時を振り返る)映像をご覧になってどのような印象をお持ちでしょうか?」

(安彦さん)
「はい。もうちょっとなんとかしたかったな。まあ、50年ぐらい前なんでね。時代背景を考えると、許してもらえるかな」

「板野君は同じスタジオで仕事をした仲なんでよく分かると思うけど、今からは考えられないくらい、過酷な状態だったんだよね」

(板野さん)
「やっぱりテレビ(放送版)の時は、こなすので精いっぱい。満足とか一切できなくて。殺伐とした現場なんですよ」

「安彦さんは『家族がいるから終電で帰っちゃうけど無理しないでね』って言ってくれるんですけど、僕は手が遅くて帰れない。夜中残ってやりながら、安彦さんの所から(絵を)あさって、レイアウトやタイミングを勉強させていただいていました」

富野由悠季氏は「女性キャラへのこだわり強い」

(石田教授)
「当時の思い出や、制作の背景などもお聞きしたいです。ガンダムには魅力的なキャラが多いですが、特にララァが素晴らしくて。憂いのある表情とか、何かこのララァを作る時に、考えられたことを教えてください」

司会を務めた新潟大の石田美紀教授=長岡市

(安彦さん)
「ララァは丸いもの(ビンディー)があるが、こういうキャラは富野由悠季氏のデザインです。富野氏は女性キャラへのこだわりが強かったみたいで。あまり人物キャラについて彼のオーダーはなかったけれども、女性キャラは何人か『こんな感じで』と言って、スケッチを描いてくるんですよ」

スクリーンを見ながら、キャラクターについて解説する安彦良和さん(左)

(板野さん)
「自分はキャラよりメカ一筋。(ララァに)インパクトはあったと思います。白鳥とかチョウのイメージがありました」

素人のアムロに剣術で負けるシャア、そこにある敵役としての魅力

(石田教授)
「剣のアクションシーンで...

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