自民党大会で制服姿の自衛官に君が代を歌わせた件が、国会でひとしきり追及されていた。「国歌の歌唱は政治的行為に当たらない」という高市首相の苦しい弁明に、9年前の防衛相の言葉を思い出した

▼当時の稲田朋美大臣は都議選の自民党候補を応援する演説で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と言った。支援の懇願は自衛隊の政治利用と解釈されるだろう

▼だが発言が物議を醸すと、自衛隊駐屯地に近い地元住民の協力に感謝を伝える意味だったとし、「誤解を招きかねない」と発言を撤回した。つまり、誤解を招いてすらいないという認識だった

▼苦し紛れに取り繕うのは人間くさいとはいえ、政治家の言葉は時に難解だ。翻訳家のイアン・アーシーさんは永田町近辺で通用する特殊言語を「ニッポン政界語読本」にまとめている

▼沖縄の米軍基地政策を推進する時に多用する「地元の皆さまのご理解」はその一つ。口にはしても重んじることはほぼない。疑惑の釈明などで使う「誠実に説明責任を果たしてまいりたい」も代表格だ。おおむね実現することのない「永遠の未来形」と解説する

▼高市首相は武器輸出の解禁に際し「平和国家の理念の堅持は変わらない」と語り、国家情報会議の創設では「国民のプライバシーも表現の自由も侵害しない」と明言した。しかし、それらを担保するための監視や歯止めの仕組み作りには消極的だ。言葉では何とでも言えると感じてしまうのは、うがち過ぎだろうか。