山や川であれ地域であれ、固有の名前は指し示すものが何であるかを定義する大切なものだ。そのものとして存在する証しといえる。選択的夫婦別姓の制度を求める価値観に重なる

▼阿賀野川流域で発生した公害病をなぜ新潟水俣病と呼ぶのか。「新潟病」あるいは「阿賀野病」などと言わないのか。一説としてその理由を聞いたことがある

▼新潟水俣病は、熊本の水俣湾周辺での水俣病発見から9年後に公式確認された。工場排水で汚染された魚介類を介した同様の水銀中毒でありながら、10年近くを経ても再発を防ぐ措置が取られなかった。その不作為を厳然と示すため、繰り返された水俣病だと強調する意図があったという

▼きょうで熊本での公式発見から70年になる。新潟水俣病にとってもまさに地続きの鎮魂の日である。怨念の日である。適切な対応を怠った国と原因企業の責任の重さに、思いを致すべき日である

▼熊本での水俣病確認後に、国は原因企業と同種の工場で排水調査をしていたことが明らかになっている。調査は本県での発生以前だったが、結果は長らく秘せられていた。新潟の原因企業は調査対象ですらなかった。熊本での目を覆う被害を前に、国は緻密で確固たる安全対策を指揮する必要があった

▼個人の幸福より国の経済発展を優先したかのような当時の実態は、過去のものとは言い切れない。国家としての力強さや豊かさを語りがちな現在の政治の下で、市井の一人一人の尊厳があまねく大切にされているか。