〈地を這(は)っても 帰らなければならぬ 杖(つえ)をついても 帰らなければならぬ〉。福島県浪江町は2011年の福島第1原発事故で全町避難を強いられた。町内の一角に、この詩を彫り込んだ碑が立つ
▼言葉の主は地元で長く詩人として活動してきた根本昌幸さん。ご当地ソングや幼稚園の園歌の作詞を手掛けたこともある。避難生活が続く中、生まれ故郷に何としても戻るという強い決意を記した
▼「望郷」という言葉だけでは言い尽くせない、血を吐くような思いが伝わってくる。原発事故がもたらした理不尽への怒りと悲しみが消えることはなかったようだ。町内では一部地域で帰還が認められるようになったが、根本さんは戻ることなく21年に74歳で世を去った
▼過去の作品を広く集めた「全詩集」が先ごろ出版された。事故が起きる前は昆虫をテーマにした詩集を出したこともある。地元の自然や風土、人に温かな視線を向けた作品が目立つ。そんなふるさとを、あの事故が奪い去った
▼新潟県にも、浪江町を含めた福島県から多くの人々が避難した。事故直後のピーク時には、9千人余りに上った。ことし3月末時点でも、約1700人がふるさとへの思いを抱えながら、本県に身を寄せている
▼根本さんの碑の下には、生前の免許証が埋められた。「みうらひろこ」の筆名で詩人として活動する妻の洋子(ひろこ)さんは言う。「風に乗ってでも帰って来られるように…。そんな思いを込めたんです」。風は詩人の魂を運んでくれるだろうか。
