昨年10月、英国南東部の教会で有権者との会合に出席していた与党保守党の男性議員が男に刺され、死亡した。その報道に接した際、あってはならないと感じたと同時に、心のどこかに「日本では、そうは起こらないのでは」という思いもあった

▼不明を恥じなければ。安倍晋三元首相が銃撃され命を奪われた。背景の解明はこれからだが、民主主義の根幹をなす選挙のさなかにこの国でもテロ行為が起きた。振り返ってみると、政治家への襲撃事件は近年も少なからず起きている

▼2007年には、長崎市の伊藤一長市長が市長選の活動中に狙撃され死亡した。02年には、当時の民主党の石井紘基衆院議員が自宅前で刺殺された。「今どきこんなことが…」と思うような事件は根絶されてはいない

▼私たちは、この国が民主主義国家だと思っている。しかし、個人を尊重し自由を重んじるこの理念は、もろいガラス細工のような存在でもある。意見を異にする誰かの口をふさごうとする人間の行為により、無残に打ち砕かれる恐れを常にはらんでいる

▼たたいても砕けない強さをガラス細工にもたらすのは、テロ行為を許さず、他者の声に耳を傾ける心を社会が共有することだろう。多くの人が「日本ではテロなど起こらない」と信じられる国を再構築せねばならない

▼フランスの思想家ボルテールのものとして流布される言葉を、いま一度かみしめる。「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」

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