その絵には「論語」の書物とそろばん、シルクハットに日本刀が描かれていた。「日本資本主義の父」渋沢栄一の古希の祝いに贈られた、書画帳の中の一枚である

▼書画帳を贈ったのは実業家の福島甲子三(かしぞう)。絵は画家の小山正太郎の手による。両名ともに長岡の出身だった。渋沢の唱えた「道徳経済合一説」がそのまま表現された絵である。やがて「論語とそろばん」は渋沢の生きざまを象徴する言葉として知られるようになった

▼真の豊かさを得ようとするなら義の心を忘れてはならない。一方で、机上の理屈を振り回すだけでは大事をなすことはできない。利益追求と道義の両立を訴えたこの言葉は現代にも通じる教えとされる

▼私たちがよく口にする「理想と現実」という命題にも通じる部分があろうか。理想を唱えるだけでは現実離れして、物事をやり遂げることは難しい。その半面、現実に流されてばかりいると妥協と停滞が待ち受ける

▼政治の要諦は現実を理想に近づけることだろう。世界の安全保障環境が変化する中、いかに平和を実現させるか。物価高や新型ウイルスで疲弊した経済を支える必要がある一方、極めて厳しい財政状況をどうとらえるか

▼現実を見失った政治は浮世離れする。理想を手放した政治は周囲に流されるだけの存在に堕す。参院選が終わった。民主主義に凶弾が向けられた中での選挙だった。新たな議員各位は現実を理想に近づけられる人であるだろうか。今後の仕事ぶりにあらためて目を凝らしたい。

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