子供の頃、初めて鬼太鼓を見た時は衝撃的だった。佐渡の祖父母の家に門付けで回ってきた鬼は長い髪を振り乱して踊った

▼振る舞い酒をあおりながら、太鼓が鳴り始めると片足立ちで力強く跳びはね、勇ましく見えを切って自ら太鼓をたたく。憤怒の形相は怖くもあり、格好よくもあった。子供たちは競うようにまねをした

▼その「鬼」をテーマに世界的に活躍する本県の2芸能団体が初共演した。佐渡市の太鼓集団「鼓童」と新潟市の舞踊団「Noism」(ノイズム)。同市で先日開かれた公演を皮切りに全国ツアーを開催中だ。使用する音楽は、県内の鬼の伝承などから着想を得たという

▼舞台には分かりやすい姿の鬼は出てこない。どれが鬼か。気配を感じ、おびえたように振り返るダンサー。だが場面が変わると、その人物も鬼であるらしいと分かる。疑心暗鬼という言葉にも「鬼」の文字が含まれていることを思い出した

▼死者の霊、人を食らう異形の怪物など鬼の解釈は多様だ。本紙短歌選者の馬場あき子さんには「鬼の研究」という著書がある。鬼を、生きがたさを抱えた「反体制的破滅者」ととらえ、その悲しみを記した。誰もが怒りや恨みを募らせ、鬼になり得るということだ

▼人気アニメ「鬼滅の刃」でも、鬼になった人間には悲しい過去があった。鬼について思う時、妙に胸が騒ぐのは「われわれ自身が孤独な現代の鬼であることの証拠かも」と馬場さん。多面性を持つ鬼は、今後も日本人を魅了し続けるのだろう。

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