日曜日の朝刊読書面にある週間ベストセラーズを眺めるのが楽しい。書店のご当地色が濃いからだ。長岡では自費出版の「詩(うた)はよみがえる-松三郎とさがわ先生-」が6月から1カ月余り上位に入った
▼詩集「山芋」で知られる大関松三郎の伝記的小説だ。長岡市の小学校で詩作に励んだ松三郎は太平洋戦争で海軍に入り18歳で戦死した。「さがわ先生」こと教育者の寒川道夫が戦後に松三郎の遺作を集めて「山芋」を出版し、大きな反響を呼んだ
▼小説にしたのは長岡市の元小学校教員、菊池桐夫さん。松三郎の詩を「地元の教育的財産として広めたい」というのが動機だが、目的はもう一つある。当時の言論弾圧への問題提起だ
▼寒川は松三郎ら児童の自主性を生かす「生活綴(つづ)り方」教育を進めた。しかし、開戦直前の1941年11月に治安維持法違反の容疑で逮捕された。県内では翌年にかけて16人が捕まり、厳しい取り調べで獄中で死んだ人もいた
▼「教師たちは前から嫌な空気を感じていたが、学校が一気に恐怖に支配された」と菊池さん。自主性の尊重自体が悪とされ表現の自由が奪われた。今また「嫌な空気」に通じるものを感じるという
▼過去10年で特定秘密保護法、「共謀罪」法など権力側の情報統制や国民監視につながる法律ができた。日本学術会議の会員を政府が選別した。元首相の国葬を巡る異論に政府与党幹部は向き合おうとしない。負の歴史を繰り返さないため、多様な言論を認めることの意義を改めて考えたい。