かつて日本はなぜ誤った道を突き進み、破滅したのか。8月にはおのずと、こうした思索にふける方もいるだろう。戦争を体験し証言できる人が激減する中、史料を調べ関係者に取材した著作物の重みは増す。そんな一つが松本清張の「昭和史発掘」である

▼昭和初期の事件の埋もれた事実に光を当てたノンフィクション。青年将校によるクーデター未遂「二・二六事件」などを分析した。ミステリー作家として名高い清張によるもう一つの大きな仕事だ。陸軍機密費問題や新興宗教についても掘り下げた

▼ノンフィクション作家の保阪正康さんと政治思想史が専門で大学教授の原武史さんは、いずれも著書でこの清張作品に言及した。ともに昭和史に造詣が深い両氏が並々ならぬ思い入れを記している

▼保阪さんは「松本清張と昭和史」で「最終的にはなぜあのような戦争にいきついたのかという松本の疑問が凝縮されている」と評価。原さんは「松本清張の『遺言』」で「清張の昭和史研究から大いなる知的刺激を受けた」と書く

▼清張が没して今月で30年。いま一度「昭和史発掘」を開いてみようと思い立った。計9巻にも及ぶから読書の秋にかけ向き合うのもいい

▼原さんは4年前に出版された「松本清張の『遺言』」で「政治とカネ、格差、テロリズム、宗教…あらゆる現代の問題相があぶり出されるこのノンフィクション大作は今こそあらためて読まれるべき」と記した。令和に起きた銃撃事件を考える上でも、参考にならないか。

朗読日報抄とは?