「平和とは、どこかで進行している戦争を知らずにいられる、つかの間の優雅な無知だ」。米国の詩人エドナ・セントビンセント・ミレーの言葉である

▼同国出身で、日本語での詩作に取り組むアーサー・ビナードさんが編著で紹介している。戦後の日本は77年にわたり、どこかで起きている戦火に直接向き合うことなく過ごしてきた。ミレーの言う「戦争を知らずにいられる」時間が続いてきたことになる

▼今また、東欧のウクライナで激しい戦火が上がっている。私たちは報道でその状況を知ることはあっても、実相を肌で感じることはまずない。一方で、ウクライナに攻め入った大国の指導者は核兵器の使用すらほのめかす。私たちは欧州での戦火と無関係ではいられない

▼東アジアの安全保障環境も緊張感を増す。わが国を守る力を高めねばなるまい。とはいえ、武力を強めるだけでは他国との衝突を招く恐れも強まることを忘れずにいたい。国と国とが不信の中で、それぞれの武を競い合うなら、待っているのは破滅である

▼戦争はいつだって「自衛のためのやむにやまれぬ戦争」になるに決まっている-。旧制長岡中学出身の作家、半藤一利さんは断言した。ウクライナに侵攻した大国も、こうした理屈を掲げていた

▼「戦争を知らずにいられる」時間を、これからも受け継いでいかねばならない。己を守る力を高める必要があるとしても、自ら進んで戦火に踏み込む愚は冒すまい。きょうという日に、改めてその思いを強くする。

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