イラクに派遣された自衛隊。仮宿営地に日の丸とイラク国旗が掲げられた=2004年2月、イラク・サマワ市郊外
イラクに派遣された自衛隊。仮宿営地に日の丸とイラク国旗が掲げられた=2004年2月、イラク・サマワ市郊外

 息苦しさが日々、増していないか。将来への不安は膨らんでいないか。近年、起きている事柄を見つめると、77年前(1945年)の社会に重なっていると思えてくる。今を捉え直し、あの頃を知れば、同じ過ちを避けられるかもしれない。社会のあり方、政治との距離、経済の不安、平和と非核-。歴史から学んでいく。

 異論を認めない政治、異論を言いにくい社会。ここから何を連想するだろうか。

 「多数派だけが正しいわけではない。少数派も価値は同じなのに、今は追い込まれている。戦前の雰囲気に似てきている」。憲法学が専門で愛媛大法文学部の井口秀作教授(58)=新潟県南魚沼市出身=は警鐘を鳴らす。

 井口教授は、現在に至る起点を1991年の湾岸戦争に置く。クウェートに侵攻したイラクに対し、米国を中心とした多国籍軍が攻撃した戦争だ。日本は130億ドルを支援したが、自衛隊は派遣しなかった。「ショー・ザ・フラッグ(日の丸を見せろ)」。日本の国際貢献のあり方が、国際社会から冷ややかに見られた。

 「日本の政治には『湾岸トラウマ(心的外傷)』がある。グローバル社会の中で積極的にプレゼンス(存在感)を示したい、という方向が30年間続いている。それは多くの野党も同じだ」と井口教授は指摘する。

 以降、自衛隊の海外派遣に踏み切った。湾岸戦争終結後の91年4月にペルシャ湾へ掃海艇を派遣した。92年にはPKO協力法に基づくカンボジア派遣、2001年はテロ対策特措法によるインド洋派遣、03年はイラク特措法によるイラク派遣と続いた。15年には集団的自衛権の行使を認める安保法制が成立した。

井口秀作・愛媛大教授

 防衛費のGDP比2%以上を目指す動きも一連の流れの中にあるとする。「政府と与党はウクライナ侵攻や中国の軍拡などをうまく使って、国民に『必要でしょ』と呼びかけている」

 同時に進めてきたことが「異論を押さえ込む法整備」だという。

 特定秘密を指定し、漏えいに罰則を設けた13年の特定秘密保護法、話し合いをして計画した段階で逮捕できる17年の「共謀罪」法、法定刑が引き上げられ逮捕の要件が緩和された22年の侮辱罪厳罰化だ。

 井口教授は「民主国家は異論があることがノーマル。しかし今の政治は、選挙で勝った方が正しい、負けた方に正当性はないと捉えている」と問題視する。

 象徴的な一件を挙げる。亡くなった安倍晋三氏が首相在任中の17年都議選の街頭演説で、ヤジを言った市民を指さし「こんな人たちに負けるわけにいかない」と言い放った件だ。井口教授は「異論を挟ませない政治であり、選挙で勝った多数派が正当という考え方は危険だ」と考える。

 およそ100年前の1925年、男子普通選挙が公布され、治安維持法が誕生した。「治安維持法が国民に牙をむけたのは成立から10年たってからだった。今も異論を言わせない法整備が進む。いつか国民に牙をむくかもしれない」

 今を将来の分岐点にしないために、どうればいいのか。「政治的少数派の意見も国民に見えるようにする。根本的な異論を言える社会が重要だ。ここに憲法の核心がある」

◎井口秀作(いぐち・しゅうさく)1964年、南魚沼市(旧六日町)出身。一橋大大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。2012年4月から現職、今年4月から法文学部長。専門は憲法学。共著書に「改憲の何が問題か」(岩波書店)など。