新潟のうまい酒と肴(さかな)を求めてふら~り、ふらり。酒席で人生の多くを学んだ新潟日報社の森沢真理・特別論説編集委員が、酒や肴、酒にまつわる出会いをつづるコラムです。にゃんこの「おかみ」もご一緒に!
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個性豊かなクラフトビールの中でも、瓶の美しさは屈指ではないか。新潟市中央区の沼垂(ぬったり)ビールが造った「恋すてふ(こいすちょう)SABRO Hazy IPA」と「新潟オールドデイズ」。地元神社、蒲原神社出身の日本画家、金子孝信(1915〜42)のモダンな「美人画」をラベルに用いた。1930年代に、さっそうと東京・銀座を歩く女性たちを描いた孝信。26歳の若さで中国の戦地に散った彼には、輝くような青春と恋の物語や、故郷への深い思いがあった。上下に分けて、お届けする。(特別論説編集委員・森沢真理)
花柄のワンピースに白い手袋。モダンな洋装で立つ女性は、やや物憂げだ。「恋すてふ」のラベルは、38(昭和13)年ごろに発表された孝信の作品「銀座裏通り」を使っている。
※恋すてふ=「てふ」は「という(ふ)」が変化したもの。読み方は「ちょう」。恋すは「恋している」といった意味合い(編集部注)

沼垂ビールの「恋すてふ」。米国のホップ、SABRO(サブロ)を使用
「女性は、横顔しか描かれていない。その彼女を、人知れず見つめる男性がいる。彼は、彼女に恋をしたのかしら…というイメージです」
沼垂ビール代表の高野善松さん(67)が語る。ほのかな恋の気分を表現するため、かんきつ系の香りがするビールに仕上げた。一方、古里新潟の冬をイメージしたのが「新潟オールドデイズ」。重厚な苦みと複雑な味わいが特徴で、ラベルの絵は孝信のめいがモデルという。「孝信ラベル」のビールは、蒲原神社の発案で実現した。
孝信が東京美術学校(現・東京芸術大学)日本画科予科に入学したのは35年。銀座の会社に勤める姉、睦と同居し、姉の友人に恋をする。「ブー子」こと、福島ユキ子である。孝信は、自身の「絵日記」にこう記している。
<今朝眼を覚ます前まで、僕は福島さんと夢の中に居た(略)まさか恋はしてない筈だったのに。然し僕は矢張り好きになってしまった>(34年10月29日)

2014年に新潟市美術館で開かれた金子孝信展の図録(右)。孝信の自画像が表紙になった。その横は、沼垂ビールのラベルに使われた絵などを収録した「ある戦没画家の青春 金子孝信の絵日記Ⅰ」
孝信はユキ子に手紙で思いを打ちあけるが、断られてしまう。彼女が親友の高村と付き合っていることを知った孝信は、衝撃を受ける。睦も、弟の反対にもかかわらず、恋人と会い続ける。彼女らが自分の意思をはっきりと持ち、行動していることに驚かされる。
最先端の文化の街、銀座に引かれる孝信は、自身も時折、銀ブラを楽しんだ。ビールを飲み、ダンスをして青春を謳歌(おうか)した。
<銀座の持つ雰囲気の中で、先づ最大なるものは美しさと明るさの為に照らされる様なネオンの感ぢよりも、歩道を歩く彼氏と彼女である>(35年2月11日)
銀座は当時の若者、とりわけ女性たちが自由に生きられる特別な場所だったのだろう。ユキ子は高村とも別れ、別な男性と結婚して旧満州(中国東北部)に渡ることになる。40年3月に首席で美校を卒業した孝信は、12月には新発田の部隊に入隊する。時代の暗い影が若者たちに迫っていた。
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◇参考文献 金子孝信の絵日記刊行会「ある戦没画家の青春 金子孝信の絵日記」(Ⅰ〜Ⅴ)、新潟市美術館「金子孝信展」図録など
◆[猫おかみ]はいは~い、ビールだよぉ
◆「昭和モダンな恋の気分」はどんな味?
「恋すてふ」(アルコール分6%、330ミリリットル、605円)を味見してみた。ビールは少し濁りがある。フルーティーな香りのホップをたっぷり使ってあり、味わいはジューシーだ。
Hazy(ヘイジー)は「かすんだ」、IPAは「インディア・ペール・エール」の略。クラフトビール専門のポータルサイト「ビールの縁側」によれば、IPAは18世紀のイギリスが発祥。植民地だったインドに輸出していたが、長い船旅でも劣化しないよう、防腐効果の強いホップを大量投入したのが始まりだ。

最近、プチ家出。しっかり無頼派だにゃん!
IPAは20世紀後半の米国で大ヒットした。ヘイジーIPAはその派生スタイル。地球をぐるりと回り、21世紀のいま、日本の港町新潟で醸造されているわけだ。
肴はどうするか。定番は、やはりジャガイモかな。ポテトサラダがいい。新潟県らしさを出したいので、県民のソウルフード、鮭(さけ)を入れよう。濃厚なクラフトビールに負けないよう、チーズも。ぬか漬けを刻み、アクセントにした。「新潟ポテサラ」と命名したい。
(「新潟オールドデイズ」は、また違う個性のビール。味見は次回に)
◆[ほろ酔いレシピ]イモっぽい?あなどるなかれ「新潟ポテサラ」の実力

ポテトサラダの材料とゆでた枝豆
材料(2人前) ジャガイモ3個、甘塩鮭一切れ、キュウリのぬか漬け2分の1本(カブ菜もあったので少々入れた)、チーズ二切れ、ゆで卵、マヨネーズ大さじ2、酢とオリーブ油、砂糖少々、塩は好みで
(1)薄切りにしたジャガイモを塩少々でゆでる。チーズとぬか漬けを刻む。鮭を焼く。焼けたら、身を大きめにほぐす。
(2)ジャガイモが軟らかくなったらお湯を捨てる。そのまま火にかけて鍋を揺らし、水分を飛ばす。熱いうちにつぶす。
(3)チーズとマヨネーズを入れて混ぜ、味を見ながら酢とオリーブ油、砂糖をお好みで加える。面倒なら、マヨネーズだけでも。
(4)粗熱が取れたら、ぬか漬けを入れる。鮭をざっくりとあえる。味見をして塩気が欲しければ、ここで塩を加える。
(5)切ったゆで卵を飾る(半熟がおいしい)。プランターに植えてあるパセリを飾ったが、なくてもOK。
追記。最初、枝豆(黒埼茶豆)もポテサラに入れようと思ったが、別々に食べた方が肴が1品増えることに気付いてやめた。酒飲みは小鉢が大好き。

鮭とぬか漬けの入った「新潟ポテトサラダ」と黒埼茶豆
◆[酒のアテにこぼれ話]
沼垂ビアパブを訪ねて「沼ブラ」
醸造所を併設した沼垂ビアパブは、JR新潟駅から徒歩15分ほど。築50年の古民家をリノベーションしてあり、板張りの部屋や障子戸が印象的だ。
沼垂ビール代表の高野善松さんは東京での銀行員、中小企業診断士を経てUターン。2015年に沼垂ビールを設立した。「みそやしょうゆ造りが盛んな発酵の町、故郷の沼垂を盛り上げたいと思いました」

沼垂ビールで造った「恋すてふ」と「新潟オールドデイズ」を手にする高野善松さん=新潟市中央区の沼垂ビアパブ
「恋すてふ」や「新潟オールドデイズ」のほか、コシヒカリや佐渡番茶、ル・レクチエを使ったものなど個性的なクラフトビールがそろう。種類によるが、グラスの生ビールで600〜700円台が中心。肴は沼垂らしい「発酵もの」が多い。スモーク(くん製)のセットやソーセージ、シューマイなどがある。
近くには個性的な店がそろった沼垂テラス商店街があり、銀ブラならぬ「沼ブラ」もできる。

レトロな雰囲気の沼垂ビアパブ店内。肴はベーコン、チーズなどのスモークセットを頼んでみた
◆[お買い物info]
◎沼垂ビアパブ 新潟市中央区沼垂東2の9の5、電話025(383)8720、月曜定休
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「還暦記者の新潟ほろ酔い日記」(略称・新潟かんほろ)は原則第2、第4金曜にアップ。3回目は「戦没画家金子孝信と沼垂ビール(下)」の予定です。
▽noteはコチラ(外部サイト)
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▽「さけ」は「酒」だけにあらず!
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