利便性に乏しく、情報流出の不安も根強い中で、あまりに強引な政策判断ではないか。これでは国民に混乱を与えかねない。
政府が現行の健康保険証を2024年秋に廃止して、マイナンバーカードを代わりに使う「マイナ保険証」に切り替える方針を明らかにした。
カードと運転免許証の一体化についても、24年度末としていた実施時期の前倒しを検討する。
保険証の廃止はカード取得の事実上の義務化と言える。政府は23年3月末までにほぼ全ての国民に交付する目標を掲げており、普及を促進させる狙いがある。
岸田政権が今年6月に示した経済財政運営の指針「骨太の方針」では、将来的に保険証を原則廃止する方針を掲げた。今回は「原則」が消え、期限を区切った。
この間、国会での議論や国民への説明はほとんどなかった。唐突な表明と言わざるを得ない。
政府が普及を急ぐのは、カードの交付率が9月時点で人口の49%にとどまっているからだ。
政府はこれまで、買い物で使えるポイントの付与や、交付事務を担う自治体への締め付けで取得促進を図ってきたが、現状のペースでは目標に届かない。
だからといって保険証を廃止し、カードの「義務化」を強行するのは疑問だ。多くの課題も残る。
カード取得は個人の意思に任されている。持たない人が医療提供などで不利になってはならない。
そもそも交付率が思うように上がらないのは、利点が見えないからだ。現状ではコンビニでの住民票の写しや確定申告の電子申請サービスの利用などに限られる。
カードを保険証として使う「マイナ保険証」は昨年10月に本格運用が始まった。
政府は、患者が同意すれば医師らが過去の受診歴などを把握でき、全国で適切な医療を受けやすくなると強調する。
だが、専用の読み取り機を導入し、実際に使える医療機関は約3割にとどまる。態勢を早急に整えられるか不安視する声がある。
情報漏えいの懸念も募る。保険証や運転免許証などの情報がカードに集約されることで、他人による悪用のリスクは高まる。
政府は、スマートフォンにカード機能を搭載し、カードを持ち歩かなくても住民票の交付などができるシステムを導入する方針だ。スマホを持たない高齢者らへの配慮が欠かせない。
今回の決定には、デジタル化を急ぐ岸田文雄首相と河野太郎デジタル相の意向が強く働いた。デジタル庁幹部は「走りながら進める」と見切り発車を認めている。
政府は、課題解消の処方箋をしっかり示し、国民の理解を得ることこそ優先すべきだ。拙速な対応でデジタル社会への信頼を揺るがしてはならない。
