専守防衛の枠を逸脱し、近隣諸国との間にさらなる緊張や摩擦を生じさせるのではないかと懸念が募る。戦後、現行憲法の下で日本が堅持してきた平和主義の行方が危ぶまれる。

 政府は16日、外交・安全保障政策の指針となる「国家安全保障戦略」など、新たな安全保障関連の3文書を改定し、閣議決定した。

 相手国領域でミサイル発射を阻止する反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有や、長射程の米国製巡航ミサイル「トマホーク」配備などを明記し、防衛力を強化する。2023年度から5年間の防衛費を約43兆円に増額することも盛り込んだ。

 ◆「盾」の役割が変わる

 集団的自衛権の行使容認に続く、安保政策の歴史的な転換点となるものだ。

 反撃能力の保有により、自衛隊は「盾」、米軍は「矛」とする日米同盟下で担ってきた役割分担は大きく変わる。

 自衛隊は「矛」の機能も取り込み、米国が武力攻撃を受ければ、集団的自衛権の行使として反撃する可能性が浮上する。

 歴代内閣は反撃能力を自衛権の範囲としつつも、政策判断として持たずにきた。

 方針を変更した背景には、軍事的に台頭する中国や、挑発行動を繰り返す北朝鮮のミサイル技術の高度化がある。

 3文書は中国の軍事動向について、「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と明記した。改定前は「国際社会の懸念事項」にとどめていたが、近年の急速な中国の軍事力拡大を受けて表現を強めた。

 北朝鮮は、ミサイル技術の向上や核戦力の強化方針を踏まえ「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」と位置付けた。

 閣議決定後の記者会見で岸田文雄首相は、そうした国際情勢を踏まえ、抑止力となる反撃能力の保有が不可欠だとした。

 しかし反撃能力の保有は、周辺国に日米が軍事的に一体化したとの印象を与えかねず、際限のない軍拡競争に発展する可能性が否定できない。

 周辺国との緊張を増幅させないために、一層の外交努力を重ねることが不可欠だ。

 気がかりなのは、反撃能力の行使に対して、曖昧な点が残されていることだ。

 文書では行使を、日本へのミサイルを迎撃しきれない場合の必要最小限度の措置とする。

 だが与党協議では、攻撃対象やタイミングは「総合的に判断する」とされ、時の政府の判断に委ねられた。

 政府は相手のミサイルが発射前でも、攻撃に「着手」したと認められれば行使できるとの立場だが、誤認して先制攻撃となれば国際法に違反する。

 首相は会見でこの点について問われ、具体的な判断は「安全保障の機微に触れる」として言及を避けた。

 「国際法はしっかり守る」とも繰り返したが、それは言うまでもない。反撃能力は国際法と切り離すことができない問題であることを重く受け止めてもらいたい。

 3文書は台湾海峡の平和と安定の重要性を指摘し、改定前にはなかった同盟国・同志国との連携拡大も盛り込んだ。

 ◆形骸化する専守防衛

 日米間だけでなく、密接な関係にある他国への攻撃で日本の存立が脅かされる「存立危機事態」でも集団的自衛権として発動することは排除していない。

 この点でも専守防衛の形骸化を危惧せざるを得ない。

 3文書が防衛装備品の輸出を「重要な政策手段」と位置付け、拡大を図る方針にしたのも大きな転換だ。武器輸出のルールを定めた「防衛装備移転三原則」と運用指針を見直し、国主導で輸出を進める方向だ。

 ウクライナ侵攻などの国際的な危機に乗じたなし崩しの方針転換に映る。他国に脅威を与えるような軍事大国にはならないとしてきた従来方針との整合性も問われる。

 防衛財源を巡っては、増税方針を決めたものの、実施時期の判断は来年に先送りされた。

 決定のプロセスに対して自民党内から強い反発があったが、首相は「昨年末から議論を始め、さまざまな意見を伺っている」として批判を退けた。

 だが議論の場となった有識者会合や与党の実務者協議は非公開で、国会の議論は不十分だ。国の行方を左右する大問題を、政府が一方的に決めるような手法はやはり、納得できない。