野生復帰に向けて県を挙げて取り組みを進めてきただけに、大変残念な事態だ。県内各地の空にトキが舞う日を目指し、努力を続けなくてはならない。

 佐渡市で野生復帰が進む国の特別天然記念物トキの放鳥が、本県の本州側では当面、行われない見通しとなった。

 環境省による放鳥候補地の公募に手を挙げていた県と長岡市など5市町村が、正式に申請を取り下げたからだ。

 トキの分散飼育センターがある長岡市寺泊地域など地元の農業関係者からコメ作りへの影響を懸念する声が上がり、合意を形成できなかったことが要因だ。

 8月に長岡市であった意見交換会では、農業関係者から放鳥に反対する意見が続出していた。

 かつてトキは稲を踏み荒らす「害鳥」ともいわれた。意見交換では農家から、そうした被害を心配する声が出ていた。

 さらにトキの餌となる生物を育むため、農薬や化学肥料の使用が制限されるのではないかと懸念する意見も相次いだ。

 農業を取り巻く環境が厳しいことがあるのだろう。ただ一度は野生絶滅したトキが佐渡に限らず、本州でも広く生息できる自然環境を取り戻す意義は大きい。

 環境問題が世界の課題となる中、トキの復活は豊かな自然や生態系があることの象徴だ。

 トキは「県の鳥」であり、新潟県のシンボルでもある。

 なぜトキを飛ばすのか。その狙いを地域全体、県民全体で共有する必要がある。

 気にかかるのは、県や長岡市が地域住民と十分な話し合いをした跡がうかがえないことだ。

 8月の意見交換では、候補地応募に当たって事前の説明がなかったとして「地元を軽視している」と不満を吐露する住民もいた。

 その後も県や長岡市が積極的に調整に動く様子は見られず、今回の応募取り下げに至った。行政側の本気度が見えなかった。

 放鳥候補地には今回、石川県の能登半島と島根県出雲市が選ばれた。本州での定着に向け、2026年度以降の放鳥を目指す。

 トキは乱獲や自然破壊などで激減し、03年に日本産は絶滅した。一方、中国から贈られたトキのペアによる人工繁殖に成功し、08年から放鳥を繰り返してきた。

 佐渡の野生下のトキは現在、500羽を超えている。

 野生復帰を担ってきた佐渡の関係者がいて、トキが生息できる環境を整えてきた。

 多くの農家が農薬や化学肥料を減らす環境に配慮した農業を行い、そうして育てたコメは通常より高い値段で取引されている。

 今回は残念な結果になったが、いつか県内や国内の大空をトキが舞う日を目指し、先進地としての取り組みを力強く進めるべきだ。