春耕の季節が近づく。田畑の土を起こし、水路を開く。地面を掘って、水を通す道を溝と呼ぶ。水で田畑が結ばれるから「相互に通じさせる」という意味を含む一方、水路は耕地の区切りにもなるので「隔てる」ことも指す
▼隔てる方の溝が埋まらないという。前首相の新会員候補の任命拒否に端を発した日本学術会議の組織見直しを巡り、政府と学術会議の議論が平行線をたどっている。政府は会員選考に、産業界などからのメンバーを含む委員会の声を尊重するよう義務付ける制度改正案を打ち出した
▼学術会議は、制度が改正されれば政府や政治家の意に沿わない会員が生まれなくなり、科学で社会に責任を負うという使命を果たせなくなると危惧する。歴代ノーベル賞受賞者らも、学術の独立性を損なう恐れがあるとの声明を出した
▼科学的に議論すべき場に政治の風が吹いたのではと思わせる事例を先日も小欄で取り上げた。原発の長期間運転を可能にする政府の新制度案を原子力規制委員会が検討した際、委員の1人は政府側に議論をせかされたと述べた。反対を貫いた委員もいたが、新制度案は多数決で了とされた
▼政治の影響力が強まれば純粋に科学的な議論をするのが難しくならないか。科学の真理を見極める道のりに政治の計算や打算が入り込むのは危うい
▼学術会議の組織見直しについて政府は「選考の透明性を高めるため」と説明しているが、発端となった任命拒否の理由は明らかにしていない。どういうことだろう。