権力者が意に沿わない報道番組に圧力をかける目的で法解釈を変更しようとしたのであれば見過ごすことはできない。放送の独立や報道の自由を害するからだ。

 政府は示された文書を厳密に検証し、事実関係や経緯を明らかにする必要がある。

 安倍内閣が一部の民放番組を問題視し、放送法が規定する「政治的公平」の解釈変更を試みたことを示す総務省の内部文書を入手したとして、立憲民主党の小西洋之参院議員が公表した。

 文書は首相官邸と総務省の担当者が協議した経緯とされる。

 TBS系の情報番組でコメンテーター全員が同じ主張をしたことを理由に、事実上の解釈変更に至った流れとして記されている。

 礒崎陽輔首相補佐官(当時)が2014年11月、放送法解釈の検討を総務省に再三要請し、礒崎氏の報告を受けた当時の安倍晋三首相が15年3月、「政治的公平の観点からおかしいものがあり、正すべきだ」と指示したという。

 政治的公平について、総務省は従来、「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体を見て判断する」との立場だった。

 ところが総務相だった高市早苗経済安全保障担当相は15年5月、国会で「一つの番組でも、極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められない」と答弁した。

 文書の経緯が事実なら、言論弾圧の恐れもある解釈変更を、首相と側近の意向だけで決めたことになる。到底看過できない。

 総務省は16年に、従来の解釈に何ら変更はないとする政府統一見解を示し、高市氏の答弁は「解釈を補充的に説明し、より明確にしたもの」と位置付けたが、あまりに苦しい釈明だ。

 放送法は戦時中、ラジオが政府宣伝に使われた反省から、放送の不偏不党、自律の保障といった原則を掲げるが、近年は政権の圧力にさらされる場面が目立つ。

 安倍氏は出演したテレビ番組で自身の政策に批判的な声が紹介されると不快感をあらわにし、自民党が公平性確保を在京テレビ局に文書で要請したこともあった。

 高市氏は国会審議で、政治的公平を欠く放送を繰り返せば、電波停止を命じる可能性にまで言及し、波紋を広げた。

 今回の文書について高市氏は、3日の参院予算委員会で「全くの捏造(ねつぞう)文書だ」と主張した。

 一方礒崎氏は、政治的公平性について総務省担当局長と意見交換したと認めている。「総務省が作成した公文書のようだ」と指摘する政府関係者もいる。

 岸田文雄首相は予算委で「文書の正確性や正当性が定かではない」として評価を避けたが、公文書なら政府はその内容に責任を持たねばならない。首相には厳格な調査を指示し、真相を国民に丁寧に説明することを求めたい。