残された物を見て、大切な人や昔を思い出す。形見は自らを過去に引き戻すよすがでもある。筆者にもそんな品が一つか二つ、机の引き出しに眠っている

▼昭和の卒業シーズン、少なからぬ女子中高生は思いを寄せる男子の形見を手に入れようと奔走した。学生服の第2ボタンである。学びやを巣立つ前にボタンをもらえませんか…。若かったあの日の記憶がよみがえる方もいるだろう

▼1980年代の柏原芳恵さんや斉藤由貴さんのヒット曲にも、女の子がボタンを求める歌詞が盛り込まれている。当時「卒業式」「ボタン」と来れば多くの若者は第2ボタンを連想した

▼ボタンを巡るやりとりの由来には諸説ある。なぜ第2なのかもはっきりしない。その中で、第2ボタンの場所は心臓に近く相手の心をつかめるという論には膝を打つ。好きな人のハートを射止めたいということか

▼戦場に赴く時に軍服の第2ボタンを思う人に託したのが始まりとの説もある。古い映画にもそんな場面があるという。今生の別れかもしれぬ状況を前にボタンを受け渡しする男女を思う

▼ブレザーの制服が増えた。スマートフォンなら、どこにいてもつながることができる。青春の形見も不要になったと思いきや、20代の男性アイドルが雑誌で高校時代を振り返り「第2ボタンがどうのといった甘い話は皆無」と語っていた。本人は無縁でも周囲にはあったということか。中高年が甘酸っぱい思いとともに語るシーンは案外、令和の世にも残っているのかも。

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