障害の有無で人を差別してはいけない。その普遍の原理に照らせば、未成年が将来得られた利益についても、本来なら障害による格差はないはずだ。

 大阪市で聴覚支援学校に通っていた井出安優香(あゆか)さんが2018年、ショベルカーの暴走に巻き込まれ死亡し、遺族が運転手側に計約6千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は約3800万円の支払いを命じた。

 当時11歳だった井出さんが将来得られたはずの「逸失利益」の算出で地裁は、全労働者の賃金平均(年間約497万円)の85%を基準とした。

 遺族側は訴訟で、健常者と同水準の全労働者の賃金平均で算出するべきだと主張した。

 これに対し運転手側は当初、一般女性の賃金平均の4割と主張した。しかし、遺族の支援団体が「障害を理由にした差別は許さない」と撤回を求める約10万人分の署名を地裁に提出すると、運転手側はその後、全労働者の賃金平均6割に変更した。

 判決では、聴覚障害児の大学進学率上昇や、音声認識アプリなどテクノロジーの発達で、井出さんが将来就労したであろう時期には、現在より聴覚障害者の平均収入が高くなると予測した。

 一方で、85%に減額した理由を「労働能力が制限されうる程度の聴覚障害があったことは否定できない」とした。

 これについて父親は「裁判所は差別を認めたんだなと落胆した気持ちです」と述べた。

 井出さんは難聴教室に通うなど努力を続け、支援学校では学年相応の教科書で学び、年齢に応じた読み書き能力を習得していたという。将来の可能性は計り知れず、遺族の無念さは理解できる。

 障害者の逸失利益について、かつては「ゼロ」とする見解もあったが、近年は障害者の社会進出などを背景に損害賠償を認める司法判断が続いている。

 障害者の権利擁護に詳しい識者が、今回の判決について「同種訴訟と比べ高水準の判断で妥当」とするなど、評価する声もある。

 だが健常者より低く算定される傾向で、格差は残されている。

 本来は健常者と障害者で格差がなくなることが望ましい。障害の有無や性別によらない一律の算定表を用いるような制度についても検討されるべきだろう。

 内閣府が昨年行った世論調査では、障害を理由とした差別や偏見があると思うかの質問に、「ある」「ある程度はある」との回答が計88%に上った。障害への理解が進んだとは言い難い。

 多様性のある社会の実現を求める動きは年々強まっている。健常者との差を縮める努力を社会全体で強めていかねばならない。

 それには私たち一人一人が意識を変えていくことも必要だ。