1人で飲食店に入って「お好きな席にどうぞ」と言われたら。筆者の場合はカウンターに陣取ることが多い。料理人の仕事ぶりが見えるからだ。注文の品が届くまでのひととき、職人の手さばきをじっと見つめる
▼ラーメン店では麺をゆでつつ、温めたどんぶりにスープを注ぐ。複数の作業を流れるようにこなす様子に目を奪われる。中華料理店では一定のリズムで、かつ豪快に中華鍋を振る姿に、感嘆のため息が漏れる
▼高級なすしとは縁がないけれど、回転ずし店でもカウンター内で仕込みをしている姿を目にすることがある。小魚をささっとさばき、すごい早さですしネタとして整えていく。包丁を操る手の動きに無駄がなく、美しささえ覚える
▼飲食店で撮影した迷惑行為の動画を交流サイト(SNS)に投稿した人物が起訴された。こうした行為が横行する背景には、料理人と客との距離感があるのでは-。エッセイストで自身もレストランを営む玉村豊男さんが先日の本紙で指摘していた
▼「作り手と食べ手の物理的な距離が離れて人の目が届かなくなった結果、想定外の事件が起きてしまった」と玉村さんは書いた。客から料理人の仕事が見えるなら、料理人からも客の様子が見えるはず。店側の目が届いていれば不埒(ふらち)な行為に及ぶ者も減るだろう
▼玉村さんによると、厨房(ちゅうぼう)と客席の間に仕切りがないオープンキッチンの店が世界的に増えている。料理人と客のほどよい距離感は、食の現場をいっそう豊かにするのかもしれない。