米国の大統領経験者が史上初めて起訴されたことは、米憲政史に大きな汚点を残した。起訴が米国の党派分断を深め、対立が先鋭化することを懸念する。

 米東部ニューヨーク州の大陪審は、不倫相手に口止め料を支払いもみ消しを図った疑惑を巡り、トランプ前大統領を起訴した。

 州検察は罪状を明らかにしていないが、業務記録を偽ったことに絡む30以上の罪状で起訴されたとの報道がある。

 不倫相手への口止め疑惑は、トランプ氏がポルノ女優と2006年に不倫したことを口外しないよう圧力をかけ、16年の大統領選の直前、当時の顧問弁護士が口止め料約13万ドル(約1700万円)を支払って、後に弁済したとされる。

 トランプ氏が弁済を「弁護士費用」として偽って処理した可能性や、選挙関連の州法に違反した可能性がある。

 24年の大統領選に出馬表明しているトランプ氏は、民主党政権による不当な捜査だとし「史上最大級の政治的迫害だ。選挙に対する干渉だ」と猛反発し、徹底抗戦の構えを見せている。

 共和党側も「公訴権の乱用だ」と反発し、捜査を率いた検事は選挙で選ばれ、民主党出身のため「神聖な司法制度を武器として利用している」などと批判した。

 米国は党派対立が進み、社会の分断が深刻化している。平等な法の支配にまで対立が持ち込まれるようでは危うい。

 州検察はトランプ氏に出頭を要請した。米メディアによると、4日にも出頭する方向だという。

 懸念されるのは、トランプ氏がこの件を巡って先日、自ら創設した交流サイト(SNS)で「抗議しろ。国家を取り戻せ」と支持者らに訴えていたことだ。

 大統領選の結果を覆そうと21年に、支持者が連邦議会議事堂を襲撃した際に、トランプ氏が呼びかけたメッセージと似ている。出頭の際は混乱する恐れがある。

 米国は民主主義の模範となるべき国だ。暴力に訴えることは二度とあってはならない。トランプ氏は支持者をあおる言動を慎まねばならない。

 来年の大統領選への影響は避けられない。

 仮に有罪になったとしても禁錮の実刑を受ける可能性は低いとみられる。選挙運動を続けることは法的に可能だが、共和党内での求心力低下は必至だ。

 危機をばねに従来の岩盤支持層の結集をもくろむが、穏健派層は離れていく可能性が高い。

 司法省は昨年11月に特別検察官を任命して、議会襲撃や私邸への機密文書持ち出しについての関与を調べている。

 数々の疑惑を持つトランプ氏が、再度大統領選へ出馬することに適しているのかについても問われることになるだろう。