どんな行為が罪に問われるか明らかでなく、恣意(しい)的に運用される恐れが拭えない。当局による締め付けが一段と厳しくなり、日中交流が萎縮する懸念がある。

 中国の国会に当たる全国人民代表大会の常務委員会の会議は、「反スパイ法」の改正案を可決した。スパイ行為の定義を拡大し、7月1日に施行する。

 取り締まり対象としてきた「国家機密」の提供に加え、「その他の国家の安全と利益に関わる文書やデータ、資料、物品」の提供や窃取もスパイ行為となる。

 「国家安全」の定義は明確ではなく、運用は摘発機関の解釈次第となる可能性がある。

 改正前も対象だった「その他のスパイ活動」という曖昧な規定は維持された。

 今後、拘束される人の増加が危惧される。改正法は各国が中国と交流を進める上で、足かせになることは間違いない。

 2014年に反スパイ法が施行されて以降、外国人や中国人の摘発が相次いでいる。

 今年3月には、北京でアステラス製薬現地法人の日本人幹部が反スパイ法と刑法に違反したとして拘束された。

 スパイ事件は拘束や起訴、公判など全過程が「機密に触れる」として秘密裏に進められるため、この幹部についても、何が問題視されたか明らかにされていない。

 これでは中国で活動する日系企業が困惑するのは当然で、投資にも慎重にならざるを得ない。

 日中交流に携わってきた中国紙元幹部は複数の日本人外交官に情報提供したとして3月、中国当局にスパイ罪で起訴された。

 元幹部は改革派知識人として知られ、日米の外交官や研究者と長年交流があった。

 起訴を受けて、親交があったという日本の元外交官は、自身との交流も中国当局が問題視している恐れがあるとし、この状況下では日本の中国研究者は中国を訪問できないと訴えた。

 訪中すれば拘束される可能性があり、警戒するのも無理はない。捜査は学術分野にまで及び、幅広い分野への影響が心配される。

 気がかりなのは、沖縄県・尖閣諸島などを巡って関係が緊張する中で、米国と対中政策で足並みをそろえる日本を、中国が標的にしているとの見方があることだ。

 中国当局は、米国との対立や日本との不安定な関係を背景に、外国への情報流出を過剰なまでに警戒している。

 日本人がスパイ罪で有罪判決を受けた過去のケースでは、公開情報のやりとりすら違法行為とされた。これには恣意的な認定を疑わざるを得ない。

 国家機密とはいえないレベルの情報提供までスパイ行為とみなすような拘束が続けば、国際社会の批判を招くだけだ。