法案提出に向かったことは前進と言えるが、内容が後退したことは残念だ。国会は議論を重ね、苦悩する当事者に寄り添う法律に仕上げてもらいたい。

 自民党がLGBTなど性的少数者への理解増進法案の修正案を了承し、週内にも与党案として国会に提出する方針を決めた。

 2021年に与野党実務者で合意した法案を、反発が強い自民保守系に配慮して修正した。

 性的少数者ら当事者たちは「大きな後退だ」と反発している。

 要因の一つは、実務者合意にあった「差別は許されない」との文言を「不当な差別はあってはならない」と差し替えたことだ。

 禁止規定と取れる文言があると、差別を訴える裁判が頻発するという保守系の声を尊重した。

 「不当な」としたのは範囲を限定する意図があるだろう。しかしそもそも差別は許されるものではなく、正当な差別はあり得ない。

 「性自認」との文言は「性同一性」に置き換えられた。

 自分が認識する性である「性自認」には、個人の感覚を尊重する意味がある。国の政策や研究者の著作でも広く使われる。

 一方「性同一性」は、心と体の性が一致しない障害の名称として用いられている。

 当事者が「性的少数者は、性同一性障害と病院で診断されている人だけではない。性同一性との表現では、法案の対象は限定されるとの誤解を招く」と指摘するのは理解できる。

 「性自認」の修正は、女性を自認する男性が女子トイレや女湯などに侵入するような事例が頻発し、トラブルになりかねないとの懸念を踏まえたものだ。

 理解を深めるための理念を掲げる法案を、トラブルにつながるという先入観を持って議論するのでは、問題の本質を見失う恐れがあるだろう。

 文言を修正するよりも、当事者との対話を重ねて、具体的な解決策を探る努力が求められる。

 法案提出が急進した背景には、19日の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)開幕に間に合わせたい岸田文雄首相の意向がある。

 2月には首相秘書官が性的少数者について「見るのも嫌だ」と差別発言をして更迭された。

 G7の中で性的少数者への差別禁止法令を定めていないのは日本だけで、欧米各国から差別の解消を促されていた。

 サミット開幕前に法案を提出して体裁を整え、国際社会の批判をかわす狙いが透ける。

 野党では立憲民主党が21年に与野党実務者で一致した法案を国会に提出する意向だ。

 与野党の案がそろうが、サミット終了後は外圧が薄れ、国会審議が着実に進むか気がかりだ。国会は法案の早期成立に向けて議論を深めてもらいたい。