流域の人々の生命を危険にさらし、原発の安全面も脅かす事態となった。ダムへの攻撃ならば、国際人道法にも反する。許しがたい蛮行である。

 ウクライナ南部ヘルソン州のドニエプル川にあるカホフカ水力発電所の巨大ダムが決壊し、洪水が発生した。

 多数の集落が浸水した。被災住民は4万人とも推定されている。救助が間に合わず、取り残された人もいるもようだ。

 ダム決壊はウクライナ軍が大規模反転攻勢に着手したとの見方が広がる中で起きた。ウクライナ、ロシアの双方が相手の破壊工作だと主張している。

 ウクライナ軍は、広範囲に及ぶ浸水でロシア占領地への渡河が困難になり、反攻戦略の見直しを迫られるとみられる。

 一方のロシア国内では、ダム下流にロシア側支配地域があるため、決壊はウクライナ軍によるものとの見方が一般的だ。

 欧米は、そもそもロシアによるウクライナ侵攻がなければ、ダム決壊は生じなかったはずだと批判し、根本的原因はロシアにあると主張している。

 国連安全保障理事会は、ダム決壊に関する緊急公開会合を開いた。国連高官が、ダムへの攻撃は「国際人道法違反に当たる」と強調したのは当然だ。

 ダムの貯水池から欧州最大のザポロジエ原発は冷却水を取水している。冷却が止まれば、東京電力福島第1原発事故のように炉心溶融(メルトダウン)が起き、放射性物質の飛散を招きかねない。

 国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長が「原子力の安全性にとって重要な時だ」と表明した。危機感の表れだ。

 戦時下のザポロジエ原発では、外部電源を一時喪失する事態が何度も発生している。

 今後も攻撃などにさられないよう施設の監視と保護が重要だ。

 ダムの水は水道や、流域の農地でのかんがいにも使われている。地域の飲料水確保が急務で、世界有数の規模を誇る農業への悪影響も指摘されている。本格的な夏を前に衛生面も懸念される。

 両国と黒海の対岸に位置するトルコのエルドアン大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領、ロシアのプーチン大統領と電話会談し、ダム決壊に関し国際調査委員会の設置を提案した。

 決壊の真相究明に向け、両国は提案を受け入れるべきだ。

 改めて国際社会は結束し、被害拡大を防ぐ策を講じるとともに、圧力だけでなく外交的な努力を続け、ロシア軍のウクライナからの撤退を迫る必要がある。