衆院解散を判断するのは時の首相であり、解散権行使は首相の専権事項とされている。「伝家の宝刀」とも呼ばれるのは、軽々に扱うものではないからだ。
しかし岸田文雄首相は、最重要法案の採決が迫る会期末に与野党の駆け引きに使い、国会や国民を惑わせた。解散権をもてあそぶような姿勢は看過できない。
立憲民主党は16日、岸田内閣不信任決議案を衆院に提出し、反対多数により否決された。
これに先立つ15日夜、岸田首相は「先送りできない課題に答えを出していくのが岸田政権の使命だ」とし、今国会での衆院解散を見送る考えを表明した。
首相は従来、解散は「今は考えていない」としていたが、13日の記者会見で「会期末間近になり、いろいろな動きがあることが見込まれ、情勢をよく見極めたい」と含みを持たせたばかりだった。
そしてわずか2日で発言を翻した。これでは首相が解散風をあおり、国民や国会を振り回したと批判されても仕方がない。
解散しない理由については、複雑化する国際情勢の対応、持続的な賃上げの実現、子ども子育て戦略の実行などを挙げた。
ただ状況に特段の変化はなく、理由を取って付けた印象だ。
首相が解散を見送ったのは、内閣支持率が頭打ちになる中で、有利な解散環境が整わなかったためだと指摘されている。
自民党内では5月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)を追い風に、解散・総選挙に打って出るシナリオがささやかれた。
しかしその直後に、首相長男の翔太郎氏が公邸での記念撮影問題で政務秘書官を更迭され、サミットの成果は帳消しになった。
マイナンバーカードはトラブルが次々と明らかになり、国民の不信を招いている。
衆院選の候補者調整で自民、公明両党が対立したことも、解散見送りの一因になっただろう。
だが政権にとって有利かどうかを背景に、解散を恣意(しい)的に判断することは許されない。
不信任案は、今国会の最重要課題であった防衛費増額の財源確保特別措置法の成立後に提出された。成立前の提出なら、法制化を阻んだとして解散の大義にもなり得たが、その機会は失われた。
政府は防衛増税を2024年以降とする従来方針から1年先送りする案も検討している。しかし財源論はつまびらかでない。
本来は今国会で負担を示し、議論を徹底するべきだった。国民に信を問うとしても、その後だ。
不信任案は共産党が賛成した一方、日本維新の会と国民民主党は反対し、野党の足並みは乱れた。
野党が結束できなくては、巨大与党にあらがえない。次期衆院選に向けて、各党がどう連携を探っていくかも注視したい。
