より長い時間働きやすいように優遇するとはいえ、一時しのぎに過ぎず、問題の解決には遠い。抜本的な制度改正に向けた議論を着実に進めていくべきだ。
配偶者に扶養されるパート従業員が、社会保険料負担の発生を避けるために働く時間を抑える「年収の壁」を巡る問題で、政府の対策案が判明した。
所定労働時間の延長などで生じた保険料負担を穴埋めするため、従業員に手当を払った企業に対して、従業員1人当たり最大50万円を助成する。
一定以上の年収で社会保険料が発生したり、税の優遇が小さくなったりして手取りが減る「年収の壁」を、パート従業員らが意識せずに働けるようにすることで、人手不足を補う狙いがある。
対策案は、保険料の全部または一部を企業が手当として従業員に支給できる仕組みをつくる。手当は賃金に含めない特別扱いとし、手当による保険料増は生じない。
扶養に入っている従業員だけでなく単身者も対象とし、企業は補助金を保険料の企業負担分や賃上げの原資に充てられる。
年収の壁を巡っては、岸田文雄首相が2月に「対応策を検討する」と踏み込んだ姿勢を見せた。
しかし、示された対策案は時限的で、壁の元々の要因である年収ラインの問題は残されたままだ。支援なく保険料を納めてきた人には不公平感もある。小手先の対策だけでは問題は解決しない。
政府は、2025年の法案提出を目指す年金制度改革の中で抜本策を議論する。注目点は、壁の根本にある国民年金の「第3号被保険者制度」をどう扱うかだ。
第3号被保険者は、会社員や公務員である配偶者の扶養の場合、自身で保険料を払わずに老後の年金を受け取ることができる。
制度ができた1986年当時、会社員らの妻には公的年金への加入義務がなく、老後の暮らしが不安定になる場合があった。
しかし、働く女性が増えるに従って、保険料負担をしなくて済むことへの不公平感が高まった。
90年代前半に1200万人以上いた第3号被保険者は、2023年3月末時点で約721万人と減り続けている。
政府は、共働き世帯の増加など社会の変化に合わせ、制度の方向性を示す必要があるだろう。
一方で既存の制度を前提としてきた主婦層の負担増につながりかねないことには配慮も要る。
現状では年収の壁を越えると「働き損」と意識されがちだが、厚生年金への加入は、将来の給付面では国民年金(基礎年金)だけの時と比べて手厚くなり、老後生活の安定につながる。
手取りの確保や人手不足の解消と同時に、政府は厚生年金の仕組みや利点などについても丁寧に説明していくべきだ。
