日朝間の膠着(こうちゃく)状態を打破しなければならない。北朝鮮による拉致被害者と家族が望むのは、被害者帰国という結果である。
日本政府は、日朝首脳会談の早期実現に向けて、粘り強く努力していく責務がある。
佐渡市の拉致被害者、曽我ひとみさんは、岸田文雄首相と官邸で面会し、拉致被害者の早期救出を求める要望書を手渡した。
一緒に拉致された母ミヨシさんが今年で91歳になるとし、「一日も早くトップ会談を開いて解決してほしい」と要請した。
首相は「私自身が先頭に立ち、政府を挙げて取り組まなければならない」と述べた。言葉通りに、具体的な行動に移してほしい。
首相は就任してから拉致問題解決のため、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記と条件を付けずに直接向き合う決意を表明していた。
5月には「首脳会談を早期に実現すべく、私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と発言し、従来より踏み込んだ。
北朝鮮は2日後に「朝日両国が会えない理由はない」との外務次官談話を異例の早さで発表した。
しかし、今後の対応については見通せない。
韓国紙は消息筋の話として、日朝の実務者が先月、中国やシンガポールなどで複数回にわたり水面下で接触したと報じた。拉致問題などを巡り議論したが、見解の相違が埋まらなかったとしている。
松野博一官房長官は会見で「そのような事実はない」と否定した。日朝接触の有無については「今後の交渉に影響に及ぼす恐れがある」として明らかにしなかった。
実務者協議は首脳会談の足掛かりとなる。一筋縄ではいかない可能性もあるが、政府は対話の道を模索し続けなければならない。
拉致被害者家族会が2月に決めた運動方針では「全拉致被害者の即時一括帰国」など従来の訴えに加え、帰国が実現すれば、日本政府が北朝鮮に対して人道支援をすることに反対しないことを新たに表明した。
被害者家族という立場にもかかわらず、支援への理解を示すのは、残された時間が少ないことへの焦燥感がある。家族も被害者も高齢化が進んでいる。
先月には拉致問題に関する国連シンポジウムが、日米豪韓と欧州連合(EU)の共催で開かれた。
引き続き日本政府は国際社会にも協力を求め、拉致問題の解決に向けた関心を高めるために、こうした活動を続ける必要はある。
いつ日朝間で動きが出てもいいように政府には、日頃からの入念な準備が求められる。政府認定、未認定を問わず拉致された可能性がある人物に関する多角的な情報収集が不可欠だ。
何よりも自国民を奪った国家犯罪に対し、毅然(きぜん)とした姿勢で主体的に動くことが大事だ。
