再審請求審の段階で長く争い、裁判所が判断を示した証拠について、検察は再び争点にするという。再審公判が長引くことは高齢の当事者らにはあまりに冷酷だ。検察組織の威信を保つための対応なら、批判を免れない。

 1966年に静岡県で一家4人が殺害された事件で死刑が確定し、裁判のやり直しが決まった袴田巌さんの再審公判で、検察側は10日、袴田さんの有罪を立証する方針を静岡地裁に伝えた。

 検察と弁護側が争うことになり、審理が長引く可能性が高まった。裁判所は迅速に進むよう適切な訴訟指揮に努めてもらいたい。

 検察が有罪立証へ挙げたのは、80年の確定判決で「犯行着衣」と認定された5点の衣類に残った血痕の赤みだ。

 しかし、再審開始を認めた今年3月の東京高裁決定は、弁護側の実験結果などから、赤みは残らず、捜査機関側が捏造(ねつぞう)した可能性が極めて高いと結論付けた。

 一方、検察が今回地裁に出した意見書では、検察の実験によれば「赤みが残る例が多数観察された」と主張し、捏造の指摘は「根拠がない」と反論した。

 検察が、高裁決定への特別抗告を断念しながら再審公判で争うことにしたのは、証拠の捏造の可能性まで言及されたことに不満が残ったからだろう。

 特別抗告は、憲法違反や判例違反がある場合に限られるが、再審公判で主張する内容には法的な制限はないからだ。

 刑事訴訟法は再審開始について、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」があった時と規定している。戦後これまで再審が開かれた死刑事件は4件あったが、いずれも無罪判決が確定している。

 再審では袴田さんも無罪が言い渡される公算は大きい。

 弁護側が「無実であると分かってやっているとしか思えない」と検察を批判するのも当然だ。

 検察の対応は、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則を鑑みても理解を得られるとは思えない。

 袴田さんは87歳だ。逮捕後約48年間にも及んだ拘束から2014年に釈放されたが、拘禁症状が続いている。再審請求人で袴田さんを支え続けている姉ひで子さんは90歳になった。

 「死刑囚」という汚名を長年着せられている袴田さんにとり、名誉回復に残された時間は少ない。「人の人生をなんだと思っているのか」との弁護側の指摘は重い。

 この事件では、発生から半世紀以上たっても、裁判が決着しない再審制度など日本の裁判の問題点も浮き彫りになった。

 日弁連は今年2月、再審法改正を求める意見書を法務省に提出している。審理を長引かせかねない制度を改めることを真剣に検討するべきだろう。