被災し亡くなった人の氏名をどう扱っていいか、自治体が苦慮している。自治体の切実な声を踏まえ、国は公表に向けた基準策定の議論を急ぐべきだ。
災害時の死者氏名公表について、全都道府県の72%に当たる本県など34都道府県が、統一的な方針を示すよう国に求めていることが、共同通信の調査で分かった。
国の防災基本計画は死者らの数を「都道府県が一元的に集約する」と定めるが、氏名公表についての規定はなく、各自治体の判断に任せる状態が続いている。
複数の県から「県境をまたぐ災害で、県によって対応が変わると混乱する」「現場の市町村で考えが違う場合がある」と懸念する声が出ている。
このままでは現場に混乱が生じかねない。国の統一した基準が必要であることは言うまでもない。
国は公表することを前提に策定を検討してもらいたい。
連絡が取れない安否不明者については、内閣府が3月に、家族の同意がなくても氏名を原則公表する指針を初めて策定した。
2018年の西日本豪雨や21年の静岡県熱海市の土石流では、安否不明者の氏名を迅速に公表したところ、多くの生存情報が寄せられた。安否不明者数が大幅に減り、捜索の対象を絞り込めた。
こうした例が、内閣府の指針策定の土台になった。人命優先の観点から意義は大きい。
個人情報保護の関連法改正で、今春から全国共通ルールが適用されたこともある。
ただ、個人情報保護法が扱うのは生存者の情報で、死者については対象外だ。
現在は、遺族の同意を得て公表する自治体が多いが、基準がないと遺族とは何親等までを指すのか曖昧だ。故人と遺族は別人格で思いが違うことがある。すべての遺族が同じ考えとも限らない。
捜索活動上でも、死者の氏名公表が重要な場合がある。安否不明者の氏名を出すなら、亡くなった人の氏名を出さないと、いつまで捜索が必要なのかを巡り現場が混乱する恐れもある。
災害大国である日本では、災害の検証や調査においても重要な情報だ。事例の蓄積を進める上で死者の情報には公益性がある。リアリティーを持って教訓を後世に伝えることができるだろう。
豪雨災害で各県の対応が分かれるなど現場の混乱を受け、全国知事会は19年に国に統一基準を策定するよう求めた。
日本新聞協会は今年3月、「死者の情報も公共的な関心事であり、国民に資する情報流通が阻害されかねない結果となることを危惧する」とする意見書を提出し、国へ議論を促した。
国は現場の不安を真摯(しんし)に受け止め、検討会を設けるなどして議論に着手してほしい。
