戦時中の暮らしに関わる資料を集めた「戦争を考える」展が、7月30日まで、新潟市中央区の新潟大学旭町学術資料展示館で開かれている。米軍が作成した新潟市の地図のほか、着物や茶碗、戦勝記念スタンプ帳など約100点が展示される。新潟日報社の20代記者が企画展を鑑賞し、気になった品々を紹介する。解説は新潟大学の橋本博文名誉教授にお願いした。(報道部・金澤朋香)
◆五十銭紙幣

五十銭紙幣(個人蔵)
写真の五十銭紙幣は、上が1944年発行、下は1945年に発行されたもの。橋本博文名誉教授に「何が違うと思いますか?」と問われ、一瞬戸惑った。よく見ると、色合いが異なることに気がついた。
紙幣のデザインは同じだが、上は多くの色が使われているが、下は色が少ない。戦局が厳しくなるにつれて物資の欠乏が深刻になっていったが、インキもその一つだった。国が発行するお札でさえも影響を受けていたことが伝わってくる。
国から戦況などが詳しく伝えられなかったとしても、国民は生活の中で状況の厳しさを実感していたのではないだろうか。
◆戦争柄着物

戦争柄着物(新潟ハイカラ文庫所蔵)
着物の前面と背面を覆う部分には、軍艦や戦闘機、かぶとなどがデザインされている。戦争をイメージさせるモチーフに紛れ、袖にはかわいらしいウサギがあしらわれていて目を引いた。
橋本博文名誉教授は「ウサギのような動物をデザインすることで子どもたちの興味を引き、戦争に対するイメージを良くしようとしていた」と説明する。
◆陶磁器手榴弾

陶磁器手榴弾(個人蔵)
瀬戸、有田、信楽、波佐見-。小さくて丸い形から、花瓶かと思ったが、全国各地の陶磁器の産地で製造された手榴弾だった。イメージする手榴弾とは、形も素材も大きく異なっていた。
戦時中の日本は、深刻な金属不足から、金属類を回収する勅令が出るほどになっていた。日本軍は鉄製の手榴弾に代わるものとして、焼き物の産地に手榴弾の製造を命じた。
※手榴弾…しゅりゅうだん、てりゅうだん。手で投げる爆弾のこと。
※勅令…ちょくれい。明治憲法下で、天皇の権限によって出された命令のこと。
◆戦勝記念スタンプ帳

戦勝記念スタンプ帳(上…個人蔵、下…新潟大学旭町学術資料展示館蔵)
メダル(軍隊の勲章)や戦車などをモチーフにしたスタンプに「北京入城」「上海市政府占拠」など日中戦争の戦績が記されている。
橋本博文名誉教授によると、軍部がプロパガンダの一環として戦勝記念にスタンプを制作した。命令を受けた郵便局やデパート、新聞社などがスタンプを提供したという。
凝ったデザインとともに「大空爆」や「攻略」、「占拠」「入城」といった出来事が並ぶ。印の日付は1年ほど続いていて、継続して押していた様子が見て取れる。まるで現代の「スタンプラリー」のようで、驚いた。もしかすると子どもたちにとっては、一種の娯楽として魅力的に感じられたのかもしれない。
※プロパガンダ…特定の主義や思想によって、個人や集団に影響を与え、思想や行動を意図した方向へと誘導するための宣伝戦略・活動。国家における思想統制や政治活動も指す。
◆皿

皿(個人蔵)
最初はただのお皿に見えた。よく見ると、和歌が描かれている。
「しきしまの やまとごころをひととはば あさひににほう やまざくらばな」(敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂ふ 山桜花)
江戸時代の国学者、本居宣長が描いた自画像に添えられた歌が、枝桜やいかりのモチーフとともに描かれる。美しく、きれいな情景が思い浮かぶ歌だが、国民の戦意や愛国心を高めるために利用された。
この歌は、1942年に発売された「愛国百人一首」の一つとして広く国民に親しまれ、後に「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」として神風特別攻撃隊(特攻隊)の隊名にもなったとされる。
橋本博文名誉教授によると「桜は、明治時代から大和魂や戦争を象徴するモチーフとして愛国心を高めるために利用されてきた」。実際、桜の散り際を自身の最期に重ねた特攻隊員は多く、「戦争を考える」展で展示されている「神風特攻 一発必中」と書かれた「特攻隊のスカーフ」(個人蔵)にも桜の花びらが描かれている。現代でも日本人に親しまれている「桜」がかつてナショナリズムに利用されたことを忘れてはならない。
※本居宣長記念館は、歌の意味を「日本人である私の心とは、朝日に照り輝く山桜の美しさを知る、その麗しさに感動する、そのような心です。」とし、本居宣長自身の心を歌ったものだとしている。
◆[取材メモ]命の尊さ、平和を考えるきっかけに
展示資料はどれも戦争が日常をむしばんでいたことが分かるものだった。兵隊が戦地で戦うばかりでなく、地域社会を巻き込んで国民全体が関わらなければいけない戦争だったことを実感した。陶製の手榴弾が象徴するように、芸術が争いの道具として利用されたことにも憤りを感じた。
一方で、当時の人々はどのような思いでスタンプを押したのだろう、どのような思いで手榴弾を作っていたのだろう-といった思いが浮かんだ。当時の人々は、身の回りで起こる出来事に何を感じていたのか。様々な資料から思いを馳せることで、現代を生きる私たち若い世代が命の尊さや平和の大切さを考えるきっかけになると思う。
◆その他の展示物

軍事色のあるうちわ

旭日旗・戦車模様子ども茶碗

スタンプ集