ことしは作家の遠藤周作の生誕100年に当たる。文学館のある長崎市は、似顔絵をあしらったマークやキャッチコピー「沈黙と好奇心の旅へ」を作った

▼長崎を舞台に、キリスト教の信仰とは何かという命題に迫った代表作「沈黙」を読んでみよう。そう思っていたら、長岡市の医師、山崎元義さん(69)の投稿が窓欄に載った。「遠藤周作が理想とした『心あたたかな病院』に少しでも近づくことが目標です」

▼遠藤は結核や腎臓病で長い闘病生活を送った。妻の順子さんによると、40年余の結婚生活のうち、4分の1くらいは病院暮らしだった。1年間に手術を3回受けたこともあったという。その経験から患者に無用の苦しみや恥ずかしさを与えないこと、患者の心理に注意を払うことなどを病院に求めた

▼山崎さんが院長を務める小千谷市の小千谷さくら病院を訪ねた。パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった神経難病の患者が多く入院している

▼7月にできたばかりの病棟を案内してもらいながら話を伺った。「治らない患者、治せない患者と一生付き合います。遠藤のいう『あたたかな心』とは利害損得を考えないことだと思います。医者が優しい気持ちを忘れたらおしまいです」

▼医療の問題では医師や看護師の人数、病院の経営状態に目が行きがちだ。それは仕方がないことである。それだけに医療の現場で聞いた「心」の話は胸に響いた。天国にいる大作家もまた、同じ気持ちになったのではないだろうか。

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