この夏は風に苦しめられている。山越えの南風が吹くと、猛烈な暑さをもたらす。「フェーン現象」である。酷暑が人の体力も、田畑の潤いも奪い取っていく
▼「フェーン」に漢字を当てた和製漢語「風炎」は、俳句の世界では春の季語だ。ただ「炎」の文字は真夏を思わせる。よく似た語句に「炎風」「熱風」があり、こちらは夏の季語に分類される。どの風も、たいそうな熱気を伴って吹き渡る
▼風が運ぶのは、熱い空気だけではない。大陸から砂を運んでくるのが黄砂現象だ。山林からスギ花粉を運んでくれば、目のかゆみやくしゃみに悩まされる。はた迷惑なものばかりでなく、時には若葉の香りを運んできて、薫風と呼ばれる
▼人の消息や、うわさ話も運ぶ。「風の便り」で聞こえてくる。世間で何かと取り沙汰される話は「風評」とか「風説」「風聞」と呼ぶ。たいていは根拠が薄く、不確かな内容が多いのだけれど
▼この厄介な風評にどう向き合うか。東京電力福島第1原発の処理水について、政府は明日から海に放出することを決めた。放出を巡っては安全性と風評被害への懸念がつきまとう。とりわけ風評被害については、共同通信の世論調査で懸念する声が88%に上った
▼風評対策が不十分だという声でもあるだろう。科学的な妥当性を説明することはもちろん、消費者の心に訴える手だてが欠かせない。漁業関係者は消費者の信頼を取り戻そうと苦心してきた。その努力を、風が吹き飛ばすような事態にしてはならない。