この夏、登山を楽しんだ方も多いだろう。登頂を果たして「ヤッホー」と叫び、山びこを聞いた人もいたに違いない。2度3度と響き渡る、この声を楽しめるのは登山者の特権かもしれない
▼山びこは人の声の反響だ。音波が周囲の山などに衝突し、跳ね返ってくる。昔の人は精霊が登山者の声をまねしていると考えたようだが、当然ながら聞こえてくるのは登山者自身の声である
▼こうした反響が起きやすいように、音を反射するコンクリートやタイルなどで内装を処理した部屋を「反響室」という。音の測定や録音のために使われる。英語では「山びこの小部屋」といった意味で「エコーチェンバー」と呼ばれる
▼部屋の中で言葉を発すれば声が増幅されて響く。そんな特徴から名付けられたようだ。「エコーチェンバー現象」という言葉である。交流サイト(SNS)で意見を言うと、同じような声ばかりが集まり、仲間内で同調が強まりやすくなることを意味する
▼SNSでつながった人々の価値観が均一になればなるほど、他者への攻撃的な言動が出やすいとの研究もある。2021年に起きた、トランプ前大統領支持者による議会襲撃の背景には、こうした心理があるという指摘もあった
▼総務省の23年版の情報通信白書によると、SNSで自分に近い考えが表示されやすい機能について知っていた人の割合は38%ほどで、米国や中国の約半分の水準しかなかった。山びこは耳に心地よく響く。けれど、自然の中でこそ楽しみたい。